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夏木のいない日[4]

「大体、そうやって詮索することだって立派なセクハラですからね。デキてんじゃねぇの、って、佐々木課長は下品です、下品」 これも自分で行ってください、と伝票を付き返す。 「怖い怖い。この時代なんでもセクハラにされちまうんだもんなぁ」 ……まだ30代半ばのくせに、そんなオヤジ臭いことを言って。 呆れていると、指先で顎をクイッと持ち上げられた。 「こんな可愛い顔してんのになぁ。高山ちゃんの教育の所為?広川が俺にだけキツいのは」 「放してください、社内メールで佐々木課長がセクハラするって流しますよ」 「高山ちゃんも美人なのに俺にキツく当たるしさぁ」 「広川君、私の連名で流してください」 「大体ここの部、美人多くてズルいよな。営業にこそ美人を入れるべきだと思わない? …そう言えば、部長も若い頃綺麗でしたよねぇ。新入社員時代だから、20年前ぐらいですか?うちの部長に昔の社員旅行の写真見せてもらいましたけど」 「広川君、僕の名前も入れておいて」 「やっぱり常務が美男子好きだからかな。娘さんとお孫さんと三代でジャ○ーズファンって言ってるぐらいだからな。つい美人選んで下に置いちゃうよなぁ」 いつまでいるんだろ、この人。 ちゃっかり、今日休みの先輩の椅子引っ張って、コーヒー片手にずっと話してるけど。 佐々木課長はそれからしばらく高山課長の隣にピッタリくっついて絡んでいたけれど、時計を確認すると突然立ち上がり、俺の机に飲み終わったコーヒーのカップを置いた。 「よし、得意先に行く時間だ。暇つぶしサンキュ、高山ちゃん。広川、悪いけどこれ回収BOXに入れておいてくれる? じゃあ、行ってきます。帰ってきたらまた癒してね」 佐々木課長はご機嫌な様子で、ヒラヒラと後ろ手を振りながら鼻歌まじりに出掛けて行った。 「暇…潰し、だと……?」 高山課長の絞り出すような声が聞こえた。 俺はウォーターサーバーに走り、カップに水を一杯汲んで席に戻る。 「課長、常温水です。どうぞ」 高山課長は水を受け取りお礼を言うと、カバンから胃薬を取り出し、水で勢いよく流し込んだ。

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