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もう一人の癒し系
今は仕事の込み入っている時期じゃない。
佐々木課長に邪魔された分だけ就業時間を超えて仕事をこなし、会社を出たのはまだ午後6時前のことだった。
今日は金曜日だから、事務職の女性陣は揃って飲みに行くらしい。
「広川君もどう?」って誘われたけど、早くリュートさんの所へ行きたくて、丁重にお断りした。
「えーっ、女の子みんなで行くのにー!?」
それは、女性の中に男一人なんて機会そうそう無いのに勿体無いってことなのか。
それとも、女性皆で行くんだから俺にも来いってことなのか。
……いやいやいや。絶対前者!
駅へ続く真っ直ぐな大通りを歩いていると、スマホがブルブルと震えて着信を知らせる。
悠さんかも!
急いでスマホを取り出すと、ディスプレイには『広川美雪』の文字。母さんだ。
「はーい」
ちょっと拍子抜けして、ガッカリしながらスマホを耳に当てた。
『皐月? お仕事終わった?』
「うん」
『そう。お疲れ様』
そう言えば母さんは、高めの柔らかい声音でゆったりめに喋る、所謂癒やし系ボイス。
なんか……、悠さんとは違う安心を与えてくれる。
「あのね、今日は少しだけ残業したんだけどね、それって言うのも……」
歩きながら佐々木課長の話をすると、母さんは「困った課長さんね」と楽しそうに笑った。
「それでね、皐月。貴方、今どの辺りにいるの? もうお家に着きそう?」
「えっ?……うん、もう見えてきたけど……」
コンビニを観ながら信号待ちで止まる。
……今日は、あのマスコミらしき男はいない。ローズのある3階にスマホを向けて写真を撮ってる人達は何人かいるけど。
あれはきっと、種崎ファンの男達だと思う。それか、騒ぎに便乗して愉しんでる奴ら。
ファンはもしかしたら、自分が好きな種崎が酷い目に合わされたと思ってショックを受けて、やり返してやれとか文句を言ってやれって、そう思ってここまで来たのかもしれない。
騙されてる彼らに少し同情はするけれど、こんな状態の表にリュートさんが出ちゃったら大変だ。下手したら暴漢に襲われる。
リュートさんは、何も悪くないのに………!
ホントはあいつらに、リュートさんは被害者だ。種崎に襲われただけだ。あいつは嘘吐きなんだ、って叫びたい。
だけど、悠さんが自分に任せろって言ったから………
そんなことをしてもどうにもならない。逆に悠さんに心配を掛けちゃうって分かってるから。
俺は拳を固く握りしめて、そいつらを横目にコンビニ裏のマンション入口へ回った。
「───あ、皐月!」
『あ、皐月!』
下がりかけていた視線を上げる。
な、なに? いま、母さんの声が聞こえたような……
いや、電話からも聞こえたんだけど、それだけじゃなくて、地声って言うか………
「皐月、車何処に停めりゃーいんだ?」
「はぁっ!?…と、父さん!?」
マンション前の路地に一時停止した車の窓から、母さんが俺に向けて手を振っていた。
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