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刑事さん

エレベーターが5階に停まり、扉が開く。 視界に、ウロウロと辺りを窺う男の姿が映った。 ───あの男だ! 「…父さん」 声の硬さに気付いたんだろう。父さんは俺を振り返り、頷いた。 男がニコニコと笑いながらこちらに近付いてきた。 「こんにちは~」 「こんにちは」 母さんが笑顔で応じる。 男は母さんのおっとりとした様子に安心したらしかった。 「5階にお住まいの方ですか?」 「ええ。そうですよ」 母さんもこの男が怪しい人物だって気付いてくれたようで、男に都合良く相槌を打つ。 「実は3階に行きたいんですが、エレベーターでも階段でも行けなくて困ってたんですよ」 「まあ、そうなんですか。でしたら私たちがご案内しますよ。ね、お父さん」 「ああ。ではこちらへどうぞ」 男はなんの疑問も不信感も抱かずに、父さんに従った。 そして、気付いた時には、背中で手首を捻り上げられていた。 ジャラジャラと音をさせて、鎖が手首に巻き付けられていく。 「何しやがるアンタッ!?」 身を捻ったところでもう遅い。 父さんは強い。 だって、 「アンタじゃねえ。刑事さん、だ」 神奈川県警に勤める刑事だから。 だから、って言ったら他の県警の人に怒られちゃうかな。 でも、 だからガラが悪くて、悔しいけど…まあ、頼りになる。 「はい、住居侵入罪で現行犯逮捕ね」 鎖の輪の中に南京錠を通し、ガシャンと嵌めこむ。 そして母さんがもう一本の鎖を渡すと、手錠代わりの鎖とそこに立つポールとを繋ぎ、それも南京錠で留めてしまった。 「…父さん、なにその鎖……」 父さんが居てくれて助かったけど、なんでそんな物を持ち歩いているのか、理解に苦しむ。 「あ?非番の時でも悪い奴逃がしたくねーだろ。非番刑事の七つ道具だ」 何言ってんだこの人は。 まあ、それがあって、今回は助かったけど。 俺一人じゃきっと、対処しきれなかったし。 「神奈川県警ってほんとガラ悪いよなぁ」 ポツリと呟くと、頭をボカリとやられた。 ヒドイ、俺重いダンボール持ってるのに! 「あのー…、こりゃどういう事なんですかねえ…?」 間違えて捕まえたとでも思わせたいんだろうか? まだニコニコとしながら男が問い掛けてくる。 この状況でニコニコしてる方が怪しいってこと、気付かないんだろうか。 「っせぇな。今こっちの警察呼んでやるから待ってろ」 「お父さん、子供の前で悪い言葉を使わないで下さい」 「はいはい。…あー、もしもし、こちら、…おい、ここの住所は?」

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