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皐月の好きなもの

コポコポコポ…… コーヒーの落ちる音と、香りが漂ってくる。 コーヒーは、豆を挽いてる時の香りが一番好き。 でも、俺の淹れたコーヒーのカップを傾けて、口を離してフーッて息をついて、「やっぱり皐月の淹れてくれたコーヒーが一番美味いな。ありがとう」って笑ってくれる時が一番好き。 ……って、そりゃコーヒーじゃなくて悠さんが好きなだけか。 い、いや……、俺も自分で大概にしろよと思わなくもないけど…。 心の中で誰にだか言い訳をして、クフーッ、とコーヒーを落とし終えたことを変な音で知らせるマシンの元へと向かう。 もうそろそろ帰ってくるよね。 このまま置いておくと煮詰まっちゃうし、もうカップに移して大丈夫かな? 帰ってくるまでに冷めちゃうかな? そんなことを考えながらも、早く帰ってきてほしい願望が(まさ)って、サーバーからカップへと注ぎ込む。 俺と悠さんお揃いの、色違いのマグカップ。 リビングのローテーブルに並べて置くと、その「コツッ」て音とは別の「カチャ」って音が玄関から小さく聞こえた。 カードキーに反応してドアの鍵が開いた音だ。 「よっしゃ、ナイスタイミング」 いい感じに温まった部屋、あったかいコーヒー、それから、あったかい俺の体。 自分で言うのもなんだけど、凍える表から帰ってきた悠さんにこの布陣、最強じゃん? 「おかえりなさーい!」 リビングから走り出ると、 「ただいま、皐月」 ドアのすぐ外でポフンと受け止められた。 「危ないから走らない」 「はーい」 両手を上げて素直に返事。それからぎゅって抱き付く。 悠さんは小さく笑うと、俺を抱き上げてソファーまで連れて行ってくれた。 「皐月、コーヒーありがとな」 「ううんっ」 すぐにテーブルのマグカップに気付いて、頭を撫でてくれる。 「着替えてくるから、少し待っていられる?」 「はい、待ってます」 帰ってまだうがいをしていないからか、もう一度ふわりと頭を撫でてから、ほっぺにちゅってしてくれた。 それだけで、ふわふわ~って宙に浮いちゃいそうなくらいしあわせな気持ちになれるんだから、悠さんって凄い。

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