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奥さん
【悠Side】
車を発進させて、徐ろに口を開く。
「驚かれたでしょう?この子はカミングアウトしていないから」
隣から「この子ってなんだよーっ!」と文句を言ってくるかわいい唇を指先でなぞって、後部座席に向けて更に続ける。
「元々皐月は女性が好きなんですよ。でもこの通り、皐月は可愛いでしょう?無理矢理たらし込んでしまいました」
「悠さん!俺、無理矢理たらし込まれてなんてないし、いっつも言ってるだろ。女とか男とかじゃなくて、俺は悠さんだから好きなんだって!もう女の子とかどうでもいいんだよ?ちゃんと分かってる!?」
憤慨して訴える姿が愛おしい。
「分かってるよ。ごめんな」
左手で宥めるように頭を撫でて、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
「……先程、広川…君 は、奥さん、と言う言葉を否定しなかったのですが、それは…」
「あっ、それはいきなり相手が男の人って言ったら驚かせちゃうと思って」
皐月が慌てて言葉を挿み込む。
恐らく、自分が男と結婚した事実を隠したくて否定しなかったのだと誤解されたくなくて焦っているのだろう。
「皐月、お前に会社では話さないようにと言ったのは俺だろう?」
赤信号で停まったのをいい事に、膝の上の手を握ってやる。
それから、少し手をずらし、内腿を掌で撫で擦る。
「んっ…もぉっ、悠さんっ」
至極小声で叱られた。
それよりも、だ。
佐竹が知りたいのは、その事では無いだろう。
「ちなみに佐竹さん、皐月は否定出来なかっただけで、この子の方が奥さんですよ」
「あ、…ああ、……ですよね」
バックミラーの中で、佐竹は納得いかない表情のまま、何度か頷いていた。
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