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可愛い理由
ブランデーグラスのカミュをこくっと飲んで、店内を見渡す。
いつの間にか悠さんがいない。
「ヒクッ…」
自分でも、酔ってるのかしゃくりあげてるのか判別付かない声が出た。
「どうした、広川?大丈夫か?」
佐竹さんが大きな体を折り曲げて、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ゆーさん、いないんれす」
目の前の世界がうっすら滲む。
「ああ、さっきあっちのドアから…」
「どっちのドア!?」
「あっちの…」
佐竹さんの指先を視線で辿って、……指を指してるってことは、先っぽが向いてる方が目標ってことだから……
「かうんたーのむこう?」
「だ、大丈夫か?お前、ホントに」
「らいじょーぅとか、ろーれもいーんれふ!」
「は?…いや、どうでも良くはないだろ」
悠さん、どうして1人であっち行っちゃったんだろう?
疲れてて、ベッドで休んでるのかな?
だったら俺も連れてってくれたらいいのに。
前は俺の声聞くだけで癒されるって言ってくれてたのに、最近は俺が一緒に居ると、余計に疲れるようになっちゃったのかな…?
カウンターの跳ね上げ扉の近くの席では、すっかり酔っぱらった様子のリュートさんが夏木にごろにゃぁんってしてて、羨ましくて、また喉がヒクッてなる。
「ずるい~っ、おれもしたい~~」
足をバタバタさせて、ちょっとフラッと身体が傾いて。
ふわ~っと仰向けになるのがなんとなく心地良い気がして倒れるままに身を任せていると、
「広川っ!」
俺の名前を呼ぶ佐竹さんの声。
それから背中をガシッと力強く支えられた。
顔を振り返らせて、その口に唇を押し当てる。
「こら、皐月。倒れるところだったろう」
「ゆーさんこそ、こらぁっ。おれおいて、ろこいってたんらよぉっ」
脇を手で支えて、椅子に座り直させてくれる。
だけど、その手がくすぐったくて思わず身を捻る。
「ゃっ、あぁんっ、そこ…らめぇっ」
「ほら、会社の先輩の前で変な声を出さない」
「らしてらいもんっ。…ぁっ、やっ、くすぅったぁい」
「ああ、これはもう駄目だな。全身性感帯だ」
悠さんが何かぼそりと呟いて、更に俺の体を抱き上げた。
「すみませんが佐竹さん、この通りうちのネコたちはもうお相手しかねる状態かと思いますので、この辺でお開きということで…」
「あ、…はい。そうですね」
んぅ?佐竹さん、帰るのか…?
「下まで送りますので、少しお待ち頂いても?」
「あ、はい。勿論」
「皐月」
トントン、と肩を叩かれて、だっこされたまんま身体が回転した。
悠さんが半回転したみたい。
肩越しに、佐竹さんの顔が現れる。
「あ……さたけさん、きょうは、ありあとーざいました」
「あ、…いや。お前が可愛い理由 、分かったわ。この人が…」
「あーっ、また~!おれ、かぁいくないって…」
「悪い悪い。…じゃあ、また明日な」
「はいっ、おつかれさぁっしたあ」
悠さんが佐竹さんを下まで送ってってくれるんだよな。なら俺、下ろしてもらわないと。
そう思って悠さんの肩をポンポンって叩いたのに、何故か悠さんは俺を抱っこしたまま跳ね上げ扉を開けて中に入っていく。
住居側のドアも開いて、ベッドの上に優しく仰向けに下ろされた。
「…いいの?おれ、リュートさんにイヤがられない?」
「大丈夫だよ、皐月くん」
答えたのは悠さんじゃなくてリュートさん本人で、声の方を振り返ればぎゅーっと思い切り抱きしめられた。
「いっしょに、ちょっとだけ休もうね」
「……はぁーい」
リュートさんがそう言うんだからいいのかな?
安心して体を抱き返すと、
「リュート、皐月に手を出すなよ」
悠さんが変なことを言いながら、俺たちの体を引き剥がした。
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