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弟たちにしてやれること

【悠Side】 上司に連絡を取った。 それを夏木が俺に伝えること。 その意味がすぐに理解できた。 夏木は上司に、全てを話したと言う。 自分がゲイであることのカミングアウト、籍を入れた相手が男であるということ、今回の事件、休んでいる理由。 そして、パートナーであるリュートを守りたいと言うこと。 守る力を得たいと、手を貸して欲しいと、そう言う意味でそれを俺に話しているのだろう。 「一度社に戻り、引継ぎなどを済ませます。1ヶ月から2ヶ月あれば退社できます。香島さん、どうか俺を雇ってください。お願いします!」 胡坐に男を抱いたまま、スウェット姿で頭を下げる。 至極真剣な眼差しで俺を見つめ、雇ってくれと言う。 中途採用とはいえ、こんな入社試験があったものか。 「絶対に、役に立ってみせます!採用して良かったと思わせます!」 そう言えば俺は、夏木の取得資格も学生時代の成績も、それどころか出身大学すら知らない。 仕事っぷりも話に聞くだけで、実際に見たことはない。 知っているのは、こいつの人となりと、いかにリュートを愛しているかという想い───それだって自己判断で、正しいのかどうかは知る由もない。 だが、人を見る目には自信がある。 以前、夏木を誘ったのも冗談な訳ではなく、身内贔屓ということでもなく、社の役に立つと踏んでのことだ。 「───一度、履歴書を持って会社見学に来い。仕事が出来ても社の者と良好な人間関係が築けないようであればただの不穏分子だからな」 まあ、こいつは人当たりもいいし裏表のない気のいい奴だ。 社の連中もすぐに気に入るだろうけどな。 ただし、気に入られ過ぎた時が問題だ。 「はいっ!ありがとうございます!」 頭を下げる夏木の、天井を向く後頭部に枕を投げつける。 「いたっ」 「指輪」 「はい?」 「結婚指輪だ。仕事中は外してるんだろう?」 「はい、まあ…」 今は左手の薬指に光るシンプルなプラチナリング。互いに送りあった、リュートと揃いのものだ。 社内や取引先で訊かれることが面倒だと、普段は外して家に置いてあるらしい。 勿論、俺と皐月はリングをはめたまま仕事をしているが。 「我が社の社員にヘテロは居ない。男女問わずだ」 社員は全てゲイかバイセクシャルであることを伝えれば、 「へっ!?そっ、そうなんスか!?」 会社見学に来いと言われて安心したのか、段々崩れてきていた言葉遣いがここに来て崩壊した。普段使いに戻ったというか。 「フリーのネコもいる。ニューハーフもいる。お前を好きになり得る者が多数働いている。リュートを泣かせたくないなら、そして恋愛ごとで社内の人間関係を掻き乱さない為にも、指輪は外すな。社員と性的関係は持つな」 「持…たないっス!有り得ないです!俺にはリュートさ───」 「悠さんも付けてる!?外してない!?」 突然膝の上で皐月が回転し、荒々しく両腕を掴んできた。 必死な表情で揺さぶってくる姿に、愛しさが溢れて止まらない。 「付けているよ。社員は皆、俺に皐月がいることを知っているし、誰も俺には興味はないよ」 「うそ!だって悠さんかっこいいもん!絶対モテるじゃん~っ」 「鬼社長だからな、反対に嫌われているかもな」 「そんな訳ないじゃん。ぜったい、ぜーったいに、指輪外さないでね!」 胸にむぎゅっと抱き付いてくる。 抱き返して、頭を撫でる。 「功太ぁ、あれ、僕もー」 「はいはい」 「…………」 ……リュートはさっきから何をしているんだ。

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