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ずっと続きますように
辞める話なんて俺からは一個もしてないのに、俺の再就職先を「ローズでしょう?」と当たり前のように言うリュートさん……
確かに冗談では何回も誘ってくれてたけど、いつの間に本気でそういう話になってたんだろう?
俺、もしかして酔って適当なこと言ったりした?
「えー…、えと、俺給料高いよ?えへ。リュートさんの取り分減っちゃうと困るでしょ?」
リュートさんにショックを与えないよう、半分ふざけてやんわりと断った。
なのに、
「それなら問題ないぞ、皐月」
どうして悠さんが答えちゃうんだろう。
「ローズはうちの社の外食事業部に属した店舗だから、会社員という形で給料も福利厚生も賄っている。
そうで無くとも、この店はアルバイトを雇う予定もなく1人だからカウンター席だけでやっていたが、2人いれば表に出られるからテーブル席も増やせる。皐月がバーテンの仕事を覚えれば料理を提供することも出来るだろう?
食事処としての需要も見込めれば、売上アップ、皐月の給料分も問題無く支払える」
どうだ?とばかりに背後から顔を覗き込まれる。
「俺、仕事辞めないよ…?」
「ローズで働く未来も用意してるってことだよ」
リュートさんがにっこりと笑う。
「そんな…甘言で誘わないで……」
「僕は皐月くんのお兄ちゃんなんだから、甘やかしたっていいでしょ?」
すかさず答えるリュートさんに、悠さんが食い付くみたいに文句を言う。
「馬鹿を言え、リュート。皐月を甘やかすのは俺だけの特権だ」
「兄さん、大人気無いー。融通利かないからモテないんだよ」
「良いんだよ。俺がモテたら皐月が泣くだろう?」
「ふふっ、負け惜しみだ」
そして気付けば2人の言い合いになってるんだから……。
もう。仲良すぎて、ちょっと焼ける。
夏木はヤキモチ焼かないのかな…って盗み見ると、呆れたみたいに笑ってる、その手がリュートさんの腰を必死に抱き締めてた。
あいつも余裕ねーなぁ…。
ププッと吹き出すと、その笑いの意味に気付いたのか、夏木は照れくさそうに一度俺に目を遣るとそっと笑みを零して、今度は遠慮無くリュートさんを後ろから抱き締めた。
少しビックリして、でも嬉しそうに笑うリュートさんを見ていると、うずうずって羨ましくてたまらなくなる。
「悠さん、あれ俺もー」
振り向いておねだりすると、悠さんは目を細めて俺の頬にキスを落として、後ろからぎゅーっと強く抱き締めてくれた。
「功太ぁ、僕もちゅう~」
「悠さん、俺も前から抱っこー」
「こーたぁ、もっとぉ……んんっ」
「…皐月?」
「いっ、いやいや、俺は、あそこまでは、…人前ではいいです……」
「だな。寝るか」
「……はい」
頷くと、悠さんは俺を抱きしめたまま横になって、掛け布団を引き寄せた。
埋もれかれたリュートさんが文句を言うのを気にも止めず、夏木に電気を消せと命令する。
「皐月くん、もう寝るの?」
「うん…。だって起きてたらリュートさん、夏木と……始めちゃうでしょ?」
「ん?」
「ん?じゃなくてー」
首を傾げたリュートさんはすっ惚けてることがバレバレで。
だって、ちょっとニヤニヤしてる。可愛いけど。
「皐月くんも来る?」
「っ…行かない!」
「功太が僕にしてくれるから、僕が皐月くんにしてあげる」
「だっ、だめっ、そういうの!もっと、貞淑にいきましょーっ!」
「貞淑?」
「そっ、そう!ちゃんと!夏木に操を立てて!」
「立ててるよ?皐月くんは特別」
「特別なんてないよ!」
「えー?だめ?」
「だめーっ!」
リュートさんは当然、俺をからかっているのだろう。
クスクスと笑いを転がすと、夏木に抱きついてベッドにゴロンと横になった。
「功太、電気」
「はいはい」
夏木がサイドボードにあるリモコンを取って電気を消すと、暗くなった部屋の中、悠さんが「おやすみ」ってキスしてくれた。
途端、
「あ、皐月くんちゅーしたっ」
リュートさんがからかうように笑う。
「おやすみのちゅーぐらいするもんっ」
「こーたぁ、僕も」
「はいはい」
もーっ!今日のリュートさんは、もぉーっ!
暫く怒っていたけれど、段々眠たくなってくる。
悠さんが優しく撫でてくれる、抱き締めてくれるそのぬくもりを感じながら。
俺は、こんな日がずっと続きますようにって、しあわせを噛み締めながら、そう心から願ったのだった。
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『大好きな人、大切な人』完
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