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悪い人
入ってきたのは一人の若い男。
ミニタリーなジャケを着た、少しガラの悪そうな、見かけないお客さんだ。
「いらっしゃいませ」
リュートさんの挨拶に会釈も返さず、男はツカツカとカウンターの前まで歩いてきた。
お母さんが言ってた。
「ご挨拶も出来ない子は、いけない子です」って。
だからこの人、悪い人だ。
「口コミサイト見てきたけど、ホント超美人なんだ、マスター」
リュートさんは男の失礼な態度にも、慣れているのか「ありがとうございます」と笑顔で答える。
「でも、オトコいんだっけ?別にいいけど」
そう言うと、男はカウンターに座る俺達を右からグルーッと見回す。
「男同士の子連れカップル?って!それからオカマか」
「まっ!失礼ね!オカマじゃなくて女装家よ!」
リンナさんは憤慨するけど、男は全く堪えていない様子で、最後に左に腰掛けるシングルのお客さんで視線を止めた。
「アンタでいいや」
声を掛けられたその人の、肩が震えた。
ソロリと恐恐 振り返る。
歳は、30代中頃?悠さんと同じくらいかな。
銀縁の眼鏡を掛けた、細身で大人しそうで、優しそうな人だ。
「マスター、コイツの会計済まして」
男はリュートさんに向かいそう告げると、その人の腕を掴み上げる。
「っ?!やっ…!やめてくださいっ」
きっと叫んでいるんであろうその声は、震えて掠れて音にならない。
「ちょっと!アンタ、やめなさいよ!───きゃっ」
止めに入ったリンナさんの頬がはたかれる。
「なっ…んだあの男…!」
助けに行かなきゃ!
思った瞬間直ぐ様椅子から滑り下りると、背後で高山課長も立ち上がっていた。
駆け出そうとしたその瞬間、
「危ないからお前たちはここで待ってろ」
手で遮られて、足を止めた。
目の前を、スーツの大きな背中が塞いだ。
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