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待ちわびたのは
店内にはBGMと男の呻き声、それから水槽の空気ポンプの稼動音。
音と言える音はそれだけで。
住居側は防音壁に防音扉。
店の出入り口側には大きな水槽。
紅いベルベットのその扉もまた、消音性が高いから。
だから静かなその部屋の中で必死に思考を巡らせていた俺たちは、扉に付けられたベルが揺れて鈴音を鳴らすまで、もうそこまで彼らが近づいてきていただなんて、全く気付いていなかったんだ。
チリンチリン……
それはとても聞き慣れた音で
「これは…どういうことだ?」
それはいつも聞いている声で
「リュートさん!何があったの!?」
俺たちが今一番、聞きたかった声───
「───悠さん…たすけて!」
「皐月……っ!?」
床に崩れ落ちる男、 男を押さえつける男、 頬を押さえながらそれを睨みつける女装家、子供を背後から引き留める男、そして俺は子供の姿で。
そんな場面がいきなり目の前に現れたら、いくら悠さんでも混乱している筈なんだ。
だけど悠さんは落ち着いていて、
「リュート、音楽を止めて、状況を説明しろ」
良く通る声でリュートさんに告げると、足元に駆け寄った俺を躊躇なく、抱き上げてくれた。
「えっ…えっ!?広川!!?」
夏木、うるさい。
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