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恋の予感
不意に、赤瀬さんが席を立った。
トイレかな?と見ていると、椎名さんの隣の席に移動して、彼に声を掛ける。
「嫌でなければ、少し話し相手になってくれないかな?見ての通りこの店はカップルだらけで、初老の独り者はあぶれて孤独に呑まなきゃいけないんだ。淋しい男を癒やしてくれる?」
椎名さんが何か言いたげに口を開いたけど、それより先にルミさんが言葉を挿み込んだ。
「あら、初老だなんて赤瀬さん、まだ41~2でしょ?それに、あぶれてるのはアタシもおんなじ。一緒に呑んであげてもいいのよぉ?」
普段は知り合い以外のお客さんに声を掛けない赤瀬さんが、お初の人に声を掛けたことに焦ったんだろうか。
だけど早口のその言葉に、
「残念、僕はもう43ですよ」
苦笑して訂正を入れると、赤瀬さんはカウンターテーブルに少し身を乗り出し、俯いた椎名さんの顔をそっと覗き込んだ。
「どうだろう?こんなおじさんじゃ嫌かな?」
途端、椎名さんはガバッと顔を上げ、首を横に振る。
「いっ、いえっ!おじさんなんかじゃありません!素敵だと思います!…あっ」
「ありがとう。君の方こそ、僕には素敵に見えるけどね」
おっ…おおう。ダンディー赤瀬。
いやらしく聞こえない口説き文句がオトナの男って感じでかっこいい。
椎名さんは顔を真っ赤にしてて、なんだか可愛い。
もう続きが気になって気になって、俺は気付かれないように移動すると、赤瀬さんの空けた席にそっとよじ登った。
こっちの席のが声がちゃんと届くはず。
「今夜は怖い思いをしただろう。もうこの店に来ないなんて思わせたくないから、1杯ご馳走させてもらえるかい?」
「あっ、いえっ、このお店はっ、…皆で、僕のことを守ってくれました。だから、また来たい…です。助けて頂いた上にご馳走になるなんてっ…!」
椎名さんは、人見知りする方なのかな?
あんまり会話をするのが得意じゃないみたいで、喋りがたどたどしい。
でも、ローズのことは好きになってくれたようだ。
嬉しくなってニコニコしながら2人を見守る。
だけど赤瀬さんはちょっと困り顔。
「ん~。折角の口実を取られてしまったね。…仕方ない、白状しよう」
フッと笑みをこぼすと赤瀬さんは、椎名さんの左手を2つの掌で包み込んだ。
「君のことを口説きたいんだけど、いいかな?嫌ならちゃんとそう言うんだよ。無理強いはしたくないからね」
椎名さんの顔がバババッと、更に真っ赤に染まりゆく。
「コイですか」
「恋ですね」
笑みと一緒に零れた呟きに、リュートさんが相槌を打ってくれる。
「ウンメイですか?」
「運命ですね」
「マスター、あちらのお兄さんにナイトアフロディーテを」
「はい、ご注文承りました」
リュートさんと顔を見合わせて思わず2人でムフフと笑う。
だって、赤瀬さんの恋なんて、嬉しい!
リュートさん目当てで通ってた赤瀬さん。
だけどリュートさんは後から来た夏木に流星のように掻っ攫われて、それでも多分諦めきれずにね、リュートさんの幸せを見守ろうって口実を自分につけて、通い続けてたんだと思うんだ。
そんな優しい赤瀬さんに、愛が生まれるかも知れない相手が現れたんだよ!
そんなの、喜ばないわけには!応援せずにはいられない!
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