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課長の企み
【夏木Side】
リュートさんがじーっと見つめてくるから、慌ててグラスに口を付けてみせる。
どうやらそれで満足したようで、俺の綺麗な恋人は口元を緩ませながら他のお客さんの方へと歩いて行った。
「で、課長。これって偶然じゃないですよね」
そして漸く、訊きたかったことを口にする事が出来た。
「ん?何がだ?」
「ここ、通称ローズってゲイバーなんですけど、何で知りました?」
「あー、ソレな」
課長は訊かれたことに思い当たると、愉しそうにククッと笑い声を漏らした。
「今日ヒマでさ」
「ヒマって───!」
「まあまあ。で、梓と広川にも追い出されて、そういや夏木は今頃何やってんのかって、お前の事思い出したんだよ」
暇な時に思い出すってなんだよ…。
忙しい時ほど思い出してくれよ!
こんな時にアイツが居れば!って、そう言うのが欲しいよ。
「確か社の付近に住んでたなって、総務に訊き行って、住所をネット検索したらビル内に、コンビニ、美容院、ゲイバー、…あとなんだっけか」
「貸スクールスペースですよ」
「あー、それそれ」
社長、その人に親切にしなくてもいーっす。
すぐに調子に乗るから。
「お前の住所は3階。このバーも3階。店舗併用マンションとも書いてあるが、ビルの概要には、住居は5階から上とある」
「そっちの奥が住居部分なんですけど、3階は賃貸じゃないんで」
「ビルの所有は会社名になっていて、そこの代表取締役社長の苗字は香島、お前の新姓も香島だろう。これは何かあるな、となる訳だ。まあ、社長は広川の方の悠だったんだが」
「ってなに社長のこと名前で呼んでるんですか!?」
「はぁ?俺の梓の部下の亭主なんだから構わねーだろ」
社長は苦笑しながら「ええ、構いませんよ」なんて言ってるけど、構うっつーの!初対面のいい大人をいきなり呼び捨てとか!
元部下の俺が恥ずかしいよ!
俺だって、雇ってもらってからは早く慣れる為にもプライベートでも「社長」って呼んでんのにさぁ。
高山課長も必死に袖引っ張って、超焦ってんじゃん。
「祥吾さんっ、ここに広川君が来ることが分かっていて僕のことを連れてきたんですか!?」
あ…、違うことで焦ってたのか。
「いや、広川が来るかまでは分からないだろ」
「そっ…そうですよね…」
「それに、ゲイバーに1人で来て誰かに俺が惚れられたりしたら、梓は焼くだろう?」
ん?と指先で顎の下を擽られて、顔を赤く染め上げてそっと視線を逸らす高山課長は確かに可愛い…が。
残念ながら俺には、他人のイチャイチャを見て楽しむ性癖はない。
尤も、リュートさんと広川の絡みは2人とも可愛いから、あれは別だけど。
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