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楽しい旅行

【悠Side】 夏木の父親の福太さんは、ぽっちゃりとした優しそうな男性だった。 細い目は穏やかに垂れ、夏木が「会社では福の神と呼ばれているらしいです」と言った、そのままの風貌をしている。 皐月もすぐに懐いて、夏木が「うちの親父様」などと紹介したものだから、「おやじさま」と呼んで「可愛いねえ」と頭を撫でられていた。 迎えに来て頂いたことを、そしてこんなにも早い時間であることにお礼を伝えると、にこやかに首を横に振ってくれた。 「早いのはこちらの都合だからねぇ。うちの者が皆リュートくんに会いたがって。今日も店は開けるんだろう。早く帰らせてあげないといけないからねぇ」 「お父さん…!」 福太さんの言葉に、リュートが瞳を潤ませる。 こいつも、生れた時から父親がいなかったからな…。 夏木の親父さんが、あったかい人で良かったな。 車には、後部に弟の涼太君、奏太君も乗っていた。 「皐月くん!?ほんとにちっちゃ~い!皐月くん、俺覚えてる?奏太だよ!」 「うん!かなたくん、かわいいからおぼえてるー!」 「えへへ、可愛い皐月くんに可愛いって言われちゃった。涼太ぁ、俺可愛いって」 「うん。奏太は可愛いよ」 …そう言えば、あの二人もそう言う関係だったか。 福太さん、車内をローズと変わらぬ空間にしてしまって申し訳ありません。 皐月を抱き上げて車に乗り、用意されていたチャイルドシートに座らせる。 「うわー、ちゃいるどしーと、はじめて乗った!」 「皐月くん、チャイルドシート乗ったこと無いの?」 「うん、つけなきゃいけなくなった時ね、もうぼくおっきかったから、いらなかったの」 ベビーシート、チャイルドシートが義務化したのは2000年で、対象は6歳未満だから皐月には必要なかったと言うことだろう。(昨夜調べてみたらしい) 6歳以上は義務化されていないとは言え、こんな幼児を助手席には乗せられない。 それに、首にシートベルトが掛かってしまい苦しい思いをさせるだろう。何かあって急停車しようものなら首が締まる可能性がある。 後部座席の真ん中に乗せてもいいが、それでは皐月の隣はリュートに、俺の隣は夏木と言うことになる。 湘南までの道のりを夏木の隣で?冗談じゃない。 最近は夏木には俺の担当の営業先を受け持たせるために、各所に連れ回り、社長と新入社員という立場もあり車の運転は夏木に任せている。 慣れる為に出勤時、退社時の運転も夏木の担当だ。 だからリュートを助手席にやり、俺と皐月は後部座席に座ると言う手もある。 とは言え、元々ペーパードライバー。皐月を乗せて高速を走らせることは流石にまだ不安だ。 電車で向かっても良かったが、駅からがまた遠いらしい。 結局駅まで迎えに行くんだから同じだよ、と福太さんはそう言って笑った。 「それに、4人で電車に乗ってたら、目立ってしょうがないよ。そしたら落ち着かないでしょ?」 奏太君の言葉に、そう言えばそうだな、と納得した。 俺とリュートは良くも悪くも人目を引く容姿をしているんだった。 そして夏木も、爽やかイケメン…だったか? 男3人に、可愛い幼児の皐月連れじゃあ、…そうだな。普段よりも余計に目立つかもしれない。 俺はこの通り図太いから大して気にならないだろうが、夏木は挙動不審になりそうだし、リュートも刺さる視線を不快に思うかもしれない。 なにより折角旅行みたいと楽しそうにしている皐月が、気にして落ち着かなくなってしまうのが可哀想だ。 俺は改めて、迎えに来て下さった福太さんに感謝をした。

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