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おようふく
夏木の実家は一軒家。
玄関まで迎えに来てくれた史香さんとご挨拶を済ませると、居間に案内してくれた。
史香さんのことは「親父様」に対して「お袋様」と呼ぶようにって夏木が言うから、そう呼ぼうとしたんだけど……「おふくろさま」って、ちょっと発音が難しい。「おふ」の部分が早く言えなくて、「おーふーくろさま」ってなっちゃう。
「じゃあ、史香様でいっか」
夏木に言われて、「ふみかさま~」って呼んだら、
「何言わせてるのこの子はっ!」
夏木がぱこって叩かれた。
「さっちゃん、おばちゃんのことはおばちゃんでいいんだからね」
「おばちゃん…?」
「夏木のおばちゃんでいいのよ」
史香さんはそう笑いながら言ってくれる、けど…。
女性におばちゃんって言うの、なんだか気が引ける。
「ん~とねぇ、じゃあ、夏木のおかあさんって呼ぶ!ふみかさんは~、夏木のおばちゃんじゃなくておかあさんだから」
「あら、そうなの?ありがとね、さっちゃん」
笑顔で頭を撫でてくれる史香さんは、ちょっとふくよかだけど、奏太くんによく似た優しい目をしてる。
でね、田舎の親戚の家に遊びに来た~って感じの雰囲気をくれる。
だから、初めてのお家だけど緊張なんかしないで、楽しくていっぱいテンション上がっちゃう。
「さっちゃんはジュースがいい?オレンジと桃があるけど、どっちにする?」
「桃っ!?桃がいいーっ!ねっ、夏木のおかーさん、ぼくもおてつだいしますっ」
「じゃあ皐月くん、僕と一緒に運ぼうか」
声がしたから見上げると、リュートさんが笑顔で頭をよしよしって撫でてくれた。
リュートさんを見上げるなんて新鮮だ。
下から見たリュートさんもとっても綺麗。ずっと見てても飽きそうにない。
「ふふ~っ、リュートさん、きれいだね~」
思ったことを伝えると、リュートさんはちょっと面食らった様子で、やがて頬をほんのり赤く染めて微笑んだ。
「ありがとう、皐月くん」
悠さんの膝の上、座卓に運んだジュースを飲んでると、史香さんと涼太くんが服を抱えて居間に戻ってきた。
「今日は晴れてたから、まだ昼前だけど乾いて良かったわ」
「洗濯までして頂いたんですか?どうもありがとうございます」
悠さんに続けて、俺も「ありがとうございます」と頭を下げる。
なんだろう、お洋服?
首を傾げて見ていると、服を一枚広げた史香さんが「さっちゃんのよ」と笑顔で教えてくれる。
「ぼくの?」
「奏太の幼稚園の時のお洋服だけど、さっちゃん、これ着られるかな?」
胸の前に当てて合わせてくれたのは、セーラーカラーの白い長そで。それから、ブルーの襟付きシャツに、黄色いパジャマ、立ってズボンも当てられる。
「サイズ丁度かな?さっちゃん、大人のお洋服だと大きいでしょう?戻るまでは嫌でもこれ着てようか。数日で元に戻るのに買うのは勿体無いから、ね?」
優しい笑顔の史香さんが、帽子を被せて、かわいいかわいいって頭を撫でてくれる。
奏太くんも、おやじさまも、涼太くんも、リュートさんも、皆笑顔で俺を見てる。
夏木…は、鼻の下伸びててちょっと気持ち悪いけど。
振り返って悠さんを見上げると、ゆるゆるの顔で頷いた。
もしかして今日ここに来たのは、俺の服の為だったのかな……?
もう一着、体に当てられた薄いブルーの長袖シャツをぎゅっと両手で抱きしめて、落ちないようにしてから頭を下げた。
「かなたくん、なつきのおかーさん、おやじさま、おようふく、ありがとうございます!たいせつに着ます!」
顔を上げると、頭を下げた勢いで落ちた帽子を悠さんが拾って被せてくれた。
「おようふく、うれしいね~っ」
振り返って伝えると、ぎゅーっと強めに抱きしめられる。
ちょっと苦しい。
「っかわいい…!」
珍しく興奮してるリュートさんの声が聞こえた。
うんうん、奏太くんのおさがりの服、どれも可愛いよね。俺なんかに似合うかな?ちょっと心配。
「「「いいこだねぇ!」」」
3人の声がハーモニーを奏でた。親父様と史香さんと奏太くん?
良い子って誰がだろう?
一番年下の奏太くんまで言ってるってことは……、リュートさんのこと?かなぁ??
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