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アイツノ正体 6
二階の窓に触れると、月人は眉根を寄せる。
「結界どころか鍵さえかけていないとは…」
窓の縁をつまみ、ゆっくりと横へとずらすと窓は静かに開いていく。
昼間に背後には気を付けろと忠告をしていたはずなのに、まるで相手にはされていないかのようで
月人は更に腹を立てる。
「なめやがって…」
月人の瞳は赤く染まり、獣の瞳のように殺気を帯びていた。
しかし悟られぬように息を潜め細く開いた窓から部屋の中へと侵入を開始する。
カーテンを掻き分け、月の光が入り込まないように素早く中に入る。
部屋の中は暗く静かだった。
無駄に大きなベッドと、小さなタンスがあるだけの質素な部屋だ。
本屋の店主である老婆が元々暮らしていた部屋なのだろう。
「...あいつは何処だ?」
月人は部屋のドアに張り付きすんすんと鼻を鳴らした。
夜はすべての身体能力が上がる。
眼もずっと良くなるし、鼻ももちろん効く。
今では皇の人ではない香りも嗅ぎ分けられる自信があった。
ドアをゆっくりと開けて顔だけを出した。
狭い廊下が待っていた。生き物の気配はない。
するすると足音も立てずに廊下に出る。
どこからか、甘い香りがする。
左手には階段があった。おそらく店へと降りるものだろう。
その他に幾つか扉があったが、一番奥の戸に迷いなく向かった。
今まで嗅いだこともないような良い香りだった。
腹が立ったがこれが"魔女"というやつなのだろう。
月人は扉の前で小さく息を吐き扉の窪みに指を這わせた。
横引きの扉は音もなく静かに開いた。
網戸越しに涼しい風が部屋の中に入り、レースのカーテンがふわふわと揺れていた。
部屋の真ん中に置かれた背の低い机の上には飲みかけのカップと本の山。
傍らのソファにも本が雪崩れていた。
その上に静かに寝息を立てる、魔女。
黒いジャージのままソファに横になり、眼鏡が顔からずれ、
広げたままの本は胸辺りに置かれその上に片手が乗り、もう片方はだらりとソファから落ちている。
これが生物の頂点に立つ存在だと、笑わせるな。
なんともだらしのない姿ではないか。
月人は頭の中で罵ったが、
なぜかその姿に魅入られてしまっている自分に気付いた。
肘掛に乗った細い足首、長く伸びる指。
夜の海のようにしなやかな黒髪は窓から差し込む光に照らされて艶めいている。
そしてジャージの隙間から覗く、白い首筋。
ーーーーー美味そうだ。
そう思ってしまい、月人は慌てて首を振った。
男に対して"捕食"しようと思ったことは一度もなかった。
別に美人でなくてはならないという理由はないのだが出来れば綺麗な女性が良いし
幸い月人の容姿だとそれが可能である...と自負している。
しかし今はその必要はない。
足音を殺してソファの側へ向かった。
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