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眠レル魔女 3

月人は夢の中で空中に浮いて、 たくさんの真っ黒な服を着た連中の中で神妙な顔をしている魔女の姿を見守っていた。 祭り上げられ、崇拝され、 あるいは誰かの欲望のまま操作され、 羨望と嫉妬の醜い感情が魔物となって今にも彼の細い喉元に食い付かんとしている。 魔女は薄っぺらい微笑みを退屈そうに浮かべて、 今にも崩れてしまいそうな足元を綱渡りのように進んでいた。 「彼は選ばれたものだ」 「彼には権利があり義務がある」 「力のあるものは力なきものに尽力しなくてはならないね」 様々な声の隙間に物を言いたげに口を開きかけたが 魔女はやがて口を閉じ黙って下を向いた。 「ここには愛とか、そんなものはないらしい」 「そもそも愛が何かわかんないし」 「そんなものは絵本の中だけの話でどこにもないんじゃないの」 魔女は諦めたように呟き、居心地が悪そうに肩を竦めた。 場面が変わる。 森の中で女学生が謎の奇妙な生物に駆け寄る所だった。 「怪我をしている!可哀想に」 生物はお世辞にも美しいとは言えない姿で 奇妙な色の瞳で女学生を捉えていた。 なんなんだ、この女は。 そんな表情であったのだが女学生は鞄から綺麗なハンカチを取り出し生物を手当てし始める。 「大丈夫よ、きっと私が助けてあげるからね」 それから女学生は日が暮れるまで手当てをし、奇妙な生物をマフラーに包んで家に連れ帰り 家の者に帰りが遅いと怒鳴られたりしていた。 奇妙な生物は布の隙間から、不思議そうに瞬きをして彼女を見ていた。 どう考えたって不利益なのに、何故助ける.....? マフラーもハンカチも汚れて、挙句怒鳴られて、 その見返りは、何も、ないのに。 やがて傷が癒え、 元の姿に戻った魔女は彼女に問うた。 「なぜ俺を助けた?」 「困っていたから、放っておけなかったからに決まってるじゃない」 「...俺は何の利益もお前にもたらす事は出来ない」 「そんなのいいのよ、元気になってくれたのなら」 「........何故?」 「何故って、元気になって欲しいから助けたのよ」 「元気...?それだけのために..?」 「それだけって..元気なのは大事な事なのよ!」 魔女には彼女の言っていることの意味がわからなかったが、 ただ、胸のあたりがじんわりと暖かく、何故か泣いてしまいそうになったのだ。 光の中で微笑む彼女の顔がずっとずっと頭の片隅に残っていて、 その暖かさは魔界の冷たい空気の中ではより強く輝くのだった。 何度も、何度も何度も思い出しては考えるのだけれど彼女の言葉の意味がわからない。 それでも何度も何度も、胸の中が何かの温度で満たされて、 泣いてしまうのだった。 今でも100%理解は出来ていないのかもしれない。 誰かの傷を自分のことのように痛ましく思ったり、 それを救ってやろうと必死になる行為は 真似てみても根底の真意を見つけることはできない。 魔女だからいわゆる、 人の心と呼ばれる意味不明のものは持ち合わせていないのかも。 それでもじんわりと、爪先から頭のてっぺんまで満たされるような心地はなんなのか。 彼女だけじゃない、人間はみんなそうだ。 この地上の生き物はみんなそうなのかもしれない。 猫も虫ケラも、どいつもこいつも...。 遠い遠い夢から引き戻され、皇は目を覚ました。 上半身を起こすと、椅子に座ったままベッドに突っ伏して眠っている月人の姿があった。 「....人の夢覗き見しやがって」 皇はため息を零しながら彼の頭を撫でてやった。 頬を濡らしながら眠っている彼に、苦笑する。 「........ありがとう」

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