53 / 66
解放ト衝動 7
「月人!!!しっかりしろ!」
大声で叫ばれ、月人は瞼を開いた。
閉ざされた暗闇がぼんやりと明るくなり、皇の顔がそこにあった。
眼鏡のない顔は焦っているようにこちらを見ていて、頬から赤い血が溢れている。
綺麗な綺麗な赤い血が。
忘れようとしてきたもの。
月人は思わずそれに手を伸ばした。
「......すめらぎ」
ぽつりと呟く、その名前は、忘れられるのを拒んでいる。
ああ、と魔女は応え伸ばされた月人の手を掴んだ。
「全く…だから解放しろって言ったんだ…。
もうここまでなってるなんて…意地張るからだ」
魔女は泣きそうな、震える声で呟いた。
「なんていうか、お前が必要なくなったとかそういうわけじゃねーんだよ...
俺といるせいで、傷付けたり危ない目に合わせちまうから」
皇はぎゅっと手を握ってくる。
その温度から、本気でこちらの身を案じてくれていて
大切に思ってくれているだろう事は痛いほどわかった。
自分が悪いのだ。
信じようとしなかったから、自分の気持ちにさえ。
「俺を解放しろ、そしたら少しは楽になるだろ」
「...いや、だね...お前の言いなりになんて...なって、たまるか...」
月人は精一杯意地悪く笑ってやった。
自分が悪いから、素直になれないから
それ故に彼が勝手に1人で抱えてしまうのが許せなくて。
散々人を振り回しておきながら、今更なんだよ、と。
皇は驚いたように目を見開いて、本当に、泣きそうな顔をしたから
そんな顔をさせたかったわけじゃないのに、と思いながら
彼の手の中にある指先を動かした。
握り返したかったのに、力が出なくて歯痒かった。
「....バカだな」
そう言って、皇の顔が近付いて
唇に何か、暖かくて柔らかいものが触れる。
ごめんな、とか、ありがとう、とか
彼の気持ちが身体の中に流れ込んでくるようにじんわりとした暖かさで満たされていく。
そんなものとずっと遠ざかっていたから
寂しさも悲しさも感じないで済むように、触れないでいたから。
「皇..」
「魔力吸い出しただけだ深い意味はねえよ」
唇が離れ、月人は魔女の顔を見上げた。
そのムカつく顔がぼやけていて、思わず両手を伸ばし彼の頬を掴んで再び唇を奪った。
「..っ、ん」
触れるだけのキスからだんだん深くなっていく。
こうすると楽になるとか、そういうことではなくて
ただそうしたくてたまらなかったから。
「...1人でも平気だったのに、お前のせいだ」
「こっちの台詞だわ」
皇は肩を竦めて笑った。
こんな風に触れてしまったから、もう戻れない。
寂しさも悲しさも感じてしまうから。
愛おしげに見つめたりするから、こんな風に手を握ったりするから。
長い長い時の中で見つけてしまった。
完璧でなくても居られる存在。
ともだちにシェアしよう!