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黒馬と共に 8
広い屋敷は冷たく暗く、静かだった。
大理石の床を進む靴音だけが響いている。
逃げてきたとはいえ、すべきことがいくつかあった。
ゼアレスは先程拾った馬の元へ行き
元々いる2頭の馬とは少し離れたところに寝床を作ってやった。
食事と水を与え、さぞかし怖い思いをしたであろうその生き物を優しく撫でてやった。
馬小屋を出ようとすると、入り口に誰かが立っていて塞がれている。
黄緑色の長い髪、背丈はゼアレスの半分もなく
霧がかかり気温も低いというのにあまりにも薄着な格好だった。
少女のようにも少年のようにも見えるその存在は
大きな青い瞳で何か責めるようにゼアレスを見つめていた。
「どうした、蜂蜜」
ゼアレスが声をかけると、蜂蜜は首を横に振った。
そして屋敷の方を指差している。
「……?」
何を言いたいのか考えていると、蜂蜜はゼアレスをじっと見つめ
そして再び屋敷を指差す。
「わかった…今戻るところだ」
困りながらも屋敷へと歩みを進めると
蜂蜜はちょこちょこと付いてくる。
そしてゼアレスが別の仕事をしようと他の部屋へ行こうとすると、首を横に振りそっちではないという風に怒られるのだった。
やがて蜂蜜のいうとおりに歩みを進めると、先程拾ったサキュバスを運んだ部屋に戻ってきてしまった。
「……あの者は、今庭師が看ているはずだ
私はやることが…」
ゼアレスが逃げようとすると蜂蜜はぴょんぴょん飛び上がって怒っているようだった。
扉を指さされ、ゼアレスは嫌な気持ちになりながらも仕方なく扉を開けた。
小さな蜂蜜に入るよう促され部屋に入ると庭師の姿はなかったが
ベッドの上に眠る人物は
先程のドロドロが幾分かマシになっているようだ。
重苦しい着物は脱がされ、様々な物で汚れた顔も綺麗に拭かれている。
赤い髪は柔らかくしなやかにシーツの上に広がっていて
白くて細い肢体は傷だらけだった。
折れていたという片足には大袈裟なほど包帯が巻かれている。
「どうやらこの者とあの馬しか生き残ってはおらんようだ」
この山は外から見るよりも厳しい所がある。
舐めてかかるとこの様だ。だからあれだけ何も要らないしわざわざ来なくていいと言っておいたのに。
蜂蜜はベッドに横たわる人物をジッと見つめている。
「怪我が治ればすぐに送り返す」
ゼアレスがそう呟くと、蜂蜜はこちらを見上げ激しく首を横に振った。
「どういう意味だ?」
ゼアレスが聞き返すと蜂蜜はベッドの上の人物を守るように立ちはだかり両手を広げる。
そして再び首を横に振った。
「…?返すな、ということか?」
ゼアレスの言葉に蜂蜜は笑顔を浮かべ頷いた。
この人間はまだここへ来て骨を折っただけだが、
蜂蜜はなぜか気に入ったらしい。
非常に不可解ではあるが、蜂蜜の意見は聞かねばならない。
再びベッドの上の人間に目をやった。
極上のサキュバス、という言葉が浮かびあまり考えないようにした。
全く厄介なことになってしまった、と再びため息をこぼすのであった。
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