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ひとのかたちをしたやさしさ 9
「おじさん?」
床に座ったままぼうっとしている男にツツジは首を傾げた。
洗面台から手を離し、フラフラと彼の肩に寄りかかるようにその身体に触れると
男はようやくこちらを見上げた。
その鋭い眼光に、ツツジは流石にまずいと感じ彼に顔を近付けた。
「あの、ご…ごめん…怒ってる…よね?
俺ちゃんと掃除するから!許して、ね…?」
ここを追い出されては色々とまずい。
必死に謝ると男はハッとしたように一瞬目を見開き、ツツジの手を引き剥がして立ち上がった。
「頼むから大人しくしていてくれ」
男は弱々しい声でそう言いながらいつも身につけているローブを脱ぎ、ツツジに羽織らせた。
ローブの下も地味なシャツといった質素な服装だったが、服の上からでも分かる鍛えられた肉体にツツジは思わずガン見してしまった。
「う…うん…」
支えをなくしてフラフラしていると、男に抱え上げられてしまった。
ツツジも決して小柄ではないのだが、小型犬かのように軽々と抱え上げられると
つい大人しくなってしまう。
暖炉の前に連れてこられ座らされる。
彼の手が離れようとした時に思わず腕を掴んだ。
「おじさん、ごめんね」
「…もういい謝るな」
男は目を逸らすようにそっぽを向く。
すぐに離れていきそうだったため
ツツジは思わず腕を掴む手に力を込めて引き寄せた。
いつもすぐにどこかに行ってしまう領主を捕まえる絶好のチャンスだったからだ。
「……ねえおじさん…?」
彼の顔をじっと見つめる。
黒い髭も髪も、顔に残る傷痕もまるで獣のように人間の表情を隠しているけど
ツツジは不思議とその人間の表情に触れたいと思ってしまった。
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