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神の棲まう庭 8

急にキスをしてきたり卑猥な発言をしたり かと思えば酷く傷ついたような顔で泣いたりする。 泣かせたいわけじゃなかったのに。理解不能だ。 ゼアレスはため息を吐きながら馬の世話をしていた。 新入りの黒い馬もようやく先住民達と打ち解けたようで 最近では仲良くしているようだ。 馬小屋の外で1匹ずつブラシがけをしてやっていると、大きな剪定バサミを持った庭師が通りがかった。 思わず顔を逸らすと、こちらを怪訝な顔で見つめてくる。 「あの子のことそんなに気に入ってたのか」 「…っは!?ばか!?違う!」 瞬時に顔が沸騰するが庭師は、きも…、と目を細めている。 この男には上辺のものは何も通用しない。 自分自身でも見ないように隠している心の奥底も見抜かれてしまうからだ。 そんなことはわかっているが否定せずにはいられない。 「サキュバスとかいう生物は初めてなんだ!仕方がないだろう!」 ゼアレスが叫ぶと、庭師は呆れたように肩を竦めた。 「サキュバス?いるわけないだろそんなの…」 「何…?」 「国が適当に言っただけで、あの子は普通に人間」 庭師の言葉に、サキュバスでもないのにあんなに性にオープンなのか、と絶望する。 人間が一番恐ろしいとはよく言ったものだと思う。 「けどまぁ、ただの人間ではないかも」 「…どういうことだ?」 青年は何か考えるように腕を組んで、 その光のない瞳をじっとこちらに向けてくる。 その全てを見透かす眼はゼアレスの預かり知れぬものを既にたくさん見たらしい。 「…“個性持ち“だな。自覚はしてないみたいだけど」 個性持ち、その言葉にゼアレスは思考が停止するのを感じる。 庭師は暫く押し黙った後、小さく息を吐いた。 ゼアレスが心の奥で感じたことを読み取ったのだろう。 「…それは、本当か…?」 「多分。僕も他のに直接会ったことないから明確にはわからないけど …蜂蜜はああいうの程気に入る、でしょ」 男は無表情に、それでもどこか辛そうに口を歪めた。 この屋敷はそういう者を呼び寄せているのかもしれない、とは思ってはいたが。 「まぁ僕はあんまり近寄りたくない。引き摺られたら厄介そう」 庭師はそれだけ言い残すと剪定バサミを抱えて去って行ってしまった。 ツツジは余計なことばかり喋りいつもヘラヘラしていて 言葉の使い方も行動も、なんというかアホだ。 まるで何も考えていなさそうなのに。 そんな彼が心の奥底で抱えているものは、どれほど深いというのだろう。 そう思うと蜂蜜の気に入りようも頷けるような気がした。 火傷も傷も、そういえば、 怖くない?、と聞かれた。

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