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魔の差す領域 2

朝食を運んでいくとツツジは未だに眠っていて、 汗でびっしょりと額を濡らしていた。 ゼアレスも昔この薬の世話になったことがあるが、 効果が絶大ゆえに、患部がとんでもなく激痛に見舞われたことを思い出す。 あれだけの大きな傷だったら余計だろうと推察し、 冷えて風邪を引かぬよう汗を拭いてやった。 本当は着替えさせてやった方がいいのだろうが、 そこまでの度胸はゼアレスには無かった。 昼食時もツツジは眠っていて、昨晩は寝られなかったのだろうとまた推察し寝かせてやることにした。 夕方頃一応もう一度見に行くと、昼食は相変わらず手が付けられておらず 未だに眠ったままであった。 いい加減心配になり、顔を覗き込む。 長い睫毛、白い頬。 額にも火傷で赤く変色している所が見えた。 「ツツジ…」 控えめに声をかけると、彼の瞼がピクリと動いた。 光を宿しまるで透けているようにも見える赤い睫毛が揺れて、 やがて彼の閉じられた瞼から透明の雫が零れ落ちた。 「……、ふ…」 眉根を寄せ、切なげに身体を震わせ 雫は鼻筋の上を伝って枕に染みていく。 ゼアレスは思わずその小さな頭に手を伸ばした。 怖々と、その赤い髪の毛に指先で触れる。 こんなにもまとまりが無いのに柔らかく、艶やかで 頭を撫でるように指を滑らせる。 「…ん、」 ツツジの目からは涙が溢れ続けていた。 よほど怖い夢でも見ているらしい。 顔の横にあった手はぎゅう、と握り締められていて苦しそうだ。 傷付けぬように、鳥の雛に触れる時のような力加減で頭を撫でながらゼアレスもまた複雑な感情で苦しんでいた。 「…、…て……」 ツツジの口が僅かに開き、譫言が零れる。 「たす…けて……ぇ……」 涙で濡れる掠れた声に、ゼアレスは唇を噛んだ。 この男は一体何をしたと言うのだろう。 まるで力など何も持っていないように見えるのに。 カザリは、裏表がない、と言ったがゼアレスには彼の心の中がどうなっているのかなんて想像もつかなかった。 ただ、自分が見ないようにしている自分の内側の声には気付いているはずだった。 「私は……」 ツツジの頭はゼアレスの片手で握り潰せそうなほど小さくて それなのに彼の髪はゼアレスの手を受け入れているように 柔らかくまとわり付いてくる。 「…できることならお前を、助けたいと思っている…」 辛さは人それぞれだ。 喜びとは違い分かち合うことは難しい。 もしも彼によってもたらされる辛いという感情が理不尽なほど過酷であったとしても 彼が与えられた辛さが軽減されることはないというのに。 それを耐え難いというにはあまりにも、業が深い、とすら言えるのではないか? そんなことを考えてしまっている自分自身にゼアレスは苦笑した。 自分は一体この男の何を知っているというのだろう。 何も知らないに等しいのに。

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