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言えない理由 3

話したいと思うのであればそうして欲しい。 不意に昨日ゼアレスに言われた言葉が呼び起こされる。 「あれ…俺なんで蜂蜜ちゃんには喋れるのに おじさんには言えなかったのかな」 彼は確か、これまでの暮らしやここにきた経緯がどうだとか言っていた。 こんな過去のすべらない話や失敗談なんて山ほどあるし その幾つかを聞かせてやるなんて何でもないことなのに。 あの時は急に頭がシャットアウトして“言わない方がいい“と直感していた。 少し考えたがやはりわからない。 考えていると胸がざわざわしたので、あの時は変だったと思う事にした。 洗濯を進めていると、手に杖のようなものを2本抱えた庭師が戻ってきた。 井戸に立てかけるように2本の杖を置くと、こちらに向かって何かを差し出してくる。 「……使え。これも」 差し出されたものを見ると、紐のようだった。 先程の会話を思い出し、ツツジは濡れた手でそれを受け取った。 「あ、うん、ありがとう」 ツツジは手の水を軽く払って紐で髪を縛ることにした。 「あの、それは?」 井戸に立てかけてある杖を横目で見ながら聞いた。 「松葉杖だ。足を無理して使ってるだろ。」 「え…いやぁ、そんなことは…ないと思うけど…」 「折れたら治るのには最低でも3ヶ月くらいはかかるはずだ。 ずっと足を引きずっていたいのなら話は別だけど」 庭師の言葉にツツジは苦笑する。 ツツジにとっては何が無理でそうではないのかがよくわからなかったが 使えと言われればそうするしかないようだ。 話ながらも髪を結ぶために後ろ手で苦戦していると、ため息を吐きながら庭師が背後に回り込んでツツジの手から紐を奪った。 庭師の指が髪を軽く梳かし、まとめてくれているようだった。 「わ、…ど、どうも…」 ツツジはなんだか緊張してしまいながらも大人しくしていた。 ゼアレスの怖々と触ってくるようなあの手とは違い、かなりぶっきらぼうな手付きだったが悪意のない手だとわかる。

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