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言えない理由 5

屋敷の裏に洗濯物を干し終えると、 ツツジは早速馬小屋に行ってみる事にした。 これまでの思い出の中で一番ツツジを平等に扱ってくれたのは馬だけだったためか なんとなく人よりも馬の方が親しみやすいと勝手に思っているのだった。 庭師からもらった2本の杖を駆使すると確かにいちいち足に痛みが走ることは減るようだ。 屋敷の裏手から庭へと戻る。ちょうど正面玄関とは真反対だ。 この前蜂蜜と喋っていた庭とはまた別のエリアのようで、 背の高い木が植っていて森のようにも見える。 木々の間を抜けていくと、三角の屋根の木造の建物が見えた。 小屋に近付くと、裏手に囲いのような木の柵がしてあるのが見えた。 木の柵の方へ近付くと、丸く囲った柵の中に3頭の馬が放たれていた。 草を食べている馬たちの中に、パースという名の黒い馬を見つけてツツジは思わず笑顔になってしまう。 「おーい!パースちゃん!」 ツツジが声をかけると馬たちは一斉にこちらを気にしたが、 黒い馬だけがこちらへ軽い足取りでやってきた。 ツツジは杖を手放して、その馬の顔を両手で抱きしめた。 「えへへ、やっと会いに来られた!元気してる?」 馬は鼻息を吹きかけてきて、 馬なりの言語で何かを言っているらしかった。 「俺のこと覚えててくれたんだね…心配してくれてありがとう」 ツツジがお礼を言うと、パースはようやく離れて その黒い瞳でこちらを見つめてくる。 黒くて綺麗な毛並みは、前に見た時よりもずっとツヤツヤに思えた。 「ここの暮らしはどう?仲良くしてもらってる?」 ツツジは木の柵に寄り掛かるようにして身体を支えながらパースを撫でた。 なんの飾りもついていない自然体の馬は、心地良さそうに尾を振っている。 遠くに見える二頭の馬は様子を伺っているようだったがやがてこちらへとやってきた。 パースよりも少し大きい茶色い馬と二等の馬よりも小さめな茶色と白のマダラ模様の馬だ。 「こんにちは、俺ツツジ!よろしくね」 ツツジは二頭の馬に挨拶をした。 パースを取り囲むようにして両脇に立った馬たちに敵意は感じられず むしろ顔を寄せ合ったり鼻と鼻をくっ付けたりして、仲が良さそうだった。 どうやらパースはすっかり馴染むことが出来たらしい。 「そっか……幸せそうだね、よかった」 ツツジはしみじみと呟き、もう一度パースに手を伸ばした。 パースは他の馬にしていたようにツツジに顔をくっつけてくれた。 生き残りは自分とこの馬だけ。 一緒に来た他の馬たちはみんな崖に落ちてしまったのだと予想される。 そう思うとこうして新しい友達が出来たことは何よりである。 「パースちゃんは、…ここにずっといたいって思う?」 ツツジの質問に黒い馬はじっと目を見つめてきた。 隣にいた茶色と白のマダラ模様の馬がツツジに撫でて欲しそうに顔を横入れしてくる。 長い舌で頬を撫でられてツツジは思わず噴き出してしまった。 「あはは、くすぐったいよ」 ツツジが撫でてやるともう一頭の茶色い馬も顔を近付けてくる。 本当に馬たちは仲良くしてくれる、とツツジは再認識した。

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