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炊事場の悪霊 8

「…山の向こうの街だ。恐らくお前が居た所は西だろうからそことは反対側だな。 西とは違いもっと田舎で、人口も少ないし閉鎖的だ」 「そうなんだ……」 ゼアレスが街で暮らしていたのは驚きだった。 なんとなくここで育ったのかと思っていたのだが、先程の話だと前の持ち主もいるようだし。 「東ではこの山はもっと恐れられていた。 人が決して踏み入れてはならん場所だとな。 立ち入れば神々の怒りを買い、呪われ気が触れ、命を奪われると言われていた。 だから誰もこの山の領土を継承したがらず、私に回ってきたというわけだ。 まあ今となっては逆にそれで侵略が免れてはいるが…」 ゼアレスはまた顔色一つ変えず淡々と自分の事情を話した。 ツツジは難しい話は苦手だったが必死に理解しようと頭を回す。 「えっと…おじさんが嫌な役を引き受けたって事…?」 「よく言えばそうだな。だが別に今は嫌とは思わない。 カザリも協力してくれているし、山だって忌み嫌うほど恐ろしくはない。 敬意を持ってきちんと接すれば人であっても受け入れてくれる」 誰もやりたがらない役を押し付けられて、それでも真面目に勤めている。 ツツジは、同じような状況であっても彼は全然違うのだなと思った。 自分のことを犠牲にして、突然やって来て勝手に大怪我をした男にも優しくしてくれる。 ああ、そうか。 ツツジは両手を握りしめた。 この人は誰にでも優しいんだ。 自分にだけ、じゃない。 そんなことは分かりきっているのに、どうして。 ツツジは自分が何故こんなに苦しいような気持ちになるのかが全く理解できなくて それでも居た堪れなくて、必死にその不可解さと戦っていた。 「……ツツジ?」 ゼアレスが心配そうな声を出す。

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