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痛みの中で 2
急に頭に冷たい水が降ってきて、ゼアレスは飛び起きた。
何事かと辺りを見回すと、側に立っていた庭師がこちらを睨んでいる。
彼はバケツを手に、無表情ではあったが珍しく焦っている様子だった。
「まずいことになってるぞ」
庭師はそう言ってさっさと部屋を出ていく。
ゼアレスは慌てて服を拾い集めている途中、
ツツジの姿がないことに気付いた。
松葉杖は置かれたままになっていることを確認し、
一先ず庭師の後を追った。
庭に行くと所々身体が透明になっている蜂蜜が横たわっていた。
ポロポロと涙を零していて、確かにまずいらしい。
「一体どうして…」
「わからない。気が遠くて声が聞けない」
庭師は歯痒そうに顔を歪めている。
ゼアレスが立ち上がろうとすると、馬小屋の方から馬達の声が聞こえた。
何やら騒いでいる様子に庭師に腕を掴まれる。
「待て。」
庭師は何か聞いているようだ。
こんな時、ただの人間の自分は何もできない。
やがて庭師はゼアレスの腕を離した。
「…ツツジがパースと出ていったらしい」
「何!?」
「……そうか、止めようとしたんだな…」
庭師は蜂蜜を見下ろし、ため息を溢した。
ゼアレスは居ても立っても居られなくなり、
馬小屋へと走った。
馬達は少し気が立っているようだった。
宥めながらも不甲斐ない自分を心底嫌いになりそうだった。
何故、気付けなかったんだろう。
そもそも何故、出ていったというのか。
してやれることはないか、と
守りたい、とこんなにも想っているのに。
そんな自分の傲慢さを見抜かれて、呆れられたのかもしれない。
ゼアレスは馬を宥める手を止め、自分では役不足なのかもしれないと
突然打ちのめされたように身体の力が抜けるのを感じた。
人間ではいられない、と言った。
だけど、幸せだ、とも。
ゼアレスはツツジが分からなくなって、
そんな風に迷う弱い自分が一番分からなかった。
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