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痛みの中で 6

「言い残すことは?」 冷たい声は、あの時色々と面倒を見てくれた男とは違う男の声だった。 もっと位の高い人間なのだろう。妙にめかし込んでいる。 「言い残すこと…ねえ」 ツツジは吐きそうなオイルの香りに苦笑しながらも、顔を上げて 遠く見える山の緑を見つめた。 ツツジの目には、目の前の街の景色も人々の好奇の眼差しも一切映ってはいなかった。 「俺は…あの人に感謝してる… 人として扱ってくれた、大切にしてくれた ちゃんと向き合ってくれた…強くて優しくて… こんな俺に寄り添ってくれた…」 自分が殺人鬼じゃなければ、或いは普通の人間であったなら 彼の腕の中で、まるでそれは当然とでもいうように 愛されていただろうか。 ツツジは泣きそうになるのを堪えながら、静かに目を閉じた。 「俺の罪は消えない…だから、地獄にだって喜んで行くよ… でも、あの人は何も悪くない。 あの人にもあの山にも、俺が手出しをさせない」 自分を取り巻く空気が冷たく変わっていくのがわかった。 同じ感覚。 冷たくて暗くて、世界が暗転する感覚。 ツツジがそっと目を開くと、人々はどよめいた。 どこからともなく風が吹きツツジを取り囲むようにして強く激しくなっていく。 「…あの山は神々の住まう山だ。 人が手出しをすれば、その身は呪われ朽ちることになる。 よく見るがいい。これが呪いの力だ。」 ツツジは低い声で叫んだ。 突風が沸き起こり、格子の向こう側の人間が薙ぎ倒されていく。 「す…すごい…」 「本当に魔女だったんだ…!」 「呪われるぞ!逃げろ!」 人々は蜘蛛の子を散らすようにみんな我先にと逃げていく。 ツツジはケラケラ笑いながら、自分の周りに滞留している冷たい風に頬を寄せるように首を傾けた。

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