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あなたに出会えた俺 6
目が覚めると、全身が気怠く重く、そしてあちこちがズキズキと痛んでいたが
不思議と嫌な感じはしなかった。
寧ろ満たされているような心地さえして、ツツジは布団の中で目を擦った。
瞼も腫れて視界が狭く感じる。
服は着替えさせられていて、あんなにドロドロになっていた身体も綺麗になっているようだった。
「おじさん…?」
ツツジは彼の姿を探したが、ベッドに寝ているのは自分だけだった。
のそのそと上半身を起こして部屋を見渡すが、いつも通りの自分の部屋が佇んでいるだけだった。
不思議なものだと思う。
未だに当たり前のようにこの部屋にいることが夢のようだ。
ツツジは自分の周りに風が吹いている事に気付く。
どこか暖かい風が頬を撫で、まるで構って欲しいかのようだった。
「あー…はは…」
薄々気付いてはいたが、どうやら自分はいよいよ人間ではなくなってしまったらしい。
ツツジは苦笑しながらも、片手を差し出し風が掌に触れていく感覚に目を細めた。
ずっとずっと自分の内側にあったのに、
気付くことを恐れて忘れていた力。
こんなものさえなければと死にたくなるほど鬱陶しく感じていたのに。
今は不思議と少しだけ、愛おしく思えてしまって、
ツツジは自分を抱きしめるようにして膝を抱えた。
風が優しく身体を包んで、あの時炎から自分を守ってくれたように薄い空気の膜を作った。
「…うわ、なんだ!?」
驚いたような声が飛び込み、ツツジは顔を上げた。
窓も開いていないのに髪の毛を風で靡かせるツツジを
今部屋に入ってきたらしいゼアレスが手にカゴとトレーを持ったまま焦ったように見ていた。
「おじさん」
ツツジは微笑み、風は静かに収まっていった。
大声で泣いたり叫んだりしたせいで自分の声が枯れていたし喉も痛くて、少しだけ咳払いをしながら
人差し指を出してくるくると軽く回すとそこに風が集まってくる。
ひゅうひゅうと小さな音を立てながら風を回して掌の上に転がし、手乗りの空気の渦を作ってみた。
「見て見て、もうちょっと練習したら螺旋丸できちゃうかも」
そんな事を言いながら渦の流れがゆっくりになるように意識して、
もう片方の手でその風を掬い上げて呆然と立っているゼアレスに向けて放った。
ボサボサだったゼアレスの髪を更に乱しながら風は通り抜けていく。
「ははは」
その顔が面白かったので思わず笑ってしまうと、
ゼアレスはため息を零しながらこちらへやってくる。
「そんな凄い力を持っていたのか」
「ね。俺も昨日知ったんだ。あれ昨日じゃないっけ?
わかんないけど、拷問されてる時に気付いたんだー」
ゼアレスはテーブルに手荷物を下ろし、ベッドに腰掛けてくる。
「そうか。まあなんにせよ、お前らしい能力だな」
「え?」
「こちらの意図にはお構いなしに勝手に触れて勝手に去っていく。
気まぐれで煩わしくて、それなのに心地よくて、追いかけたくなる。
繊細で美しくて、お前そのものだ」
彼はそう言って小さく微笑んだ。
化け物になってしまった自分にもこうして変わらず接してくれる。
「…めっちゃ褒めるやん……」
それどころかそんな風に肯定されるとありがたくて、嬉しくて
勝手に風が彼の髪を揺らしていってしまうのだった。
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