156 / 162
契約 1
命を尊ぶこと。
ツツジが来てから、本当に毎日毎日騒騒しい。
庭師が倒れるのも珍しかったし、ついには蜂蜜も喋り出してしまう始末だ。
しかし、それが嫌かと言えば不思議とそうは思わない。
確かに心を抉られるような辛い気持ちになったり、心の底から安堵するような気持ちになったりと
あっちこっちと引っ張られて疲れてしまうのも事実だが
こんなに心が動かされることがあるのか、と自分自身のことなのに知らなかったものばかりで。
“神の言葉”で伝えられたように、命を尊ぶことが大切と分かっていながら
自分自身の命をそこに含めることを怠ってしまうというのは
その通りなのかもしれない。
人は時に自分の正直な気持ちとは逆行した行動を取り、
誰かのために平気で命を投げ出すこともある。
そんなことを繰り返しているから、他の命に対してもいつしか軽視するようになってしまうのかもしれない。
山にいる以上見られている、とも言われた。
ゼアレスは自信を失いかけていた自分に対して苦笑するのだった。
人間が嫌いだった。
弱くて醜くて。
でも一番嫌いだったのは自分自身だったのかもしれない。
嫌いな自分を見なくていいように、誰もいない場所に縛り付けた。
心を動かさなくてもいいように。
最初にツツジに会った時折れた足を引き摺って、置いていかないで、と泣いていた。
あの時本当はどうしようもなく心が動いたことに自分で蓋をしてしまっていた。
「……そうか、私は最初から、ツツジが……」
朝日を浴びながら目を細めた。
ただの人間である自分には、彼らにしてやれることなんて
この世界にしてやれることなんて限られているのかもしれない。
それでも考えて向き合い続けること、そこに自分も含めて。
朝のルーティンを終え、ゼアレスは
庭からガーデンテラスへと進み、炊事場へと歩いて行った。
小窓の前に到着するや否や勢いよく戸が開く。
「おはようヘスティー」
『あら早いのね、食いしん坊さん。すぐに朝食の準備をするわね』
「あの…少し頼みがあるんだがいいか…?』
戸を閉じられる前に呼び止めると、
真っ黒な炊事場の中から嬉しそうな唸り声が聞こえてくる。
『やだぁなぁに?イイわよぉイッてごらんなさい?』
そのソワッとするような声にゼアレスは咳払いをしながら
彼女に頼み事を話した。
ともだちにシェアしよう!