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契約 5

それからツツジは自分がいつ死んでもおかしくないほどの幸せを噛み締めながら 初めて食べるケーキやクッキーに大感動して 食事も落ち着くと2人で池の近くに座って、揺れる水面を眺めていた。 「少し登れば大きな湖がある。怪我が治ってからだな」 ゼアレスのそんな言葉にツツジはなんだかむず痒くなりながら 彼に身体が触れるように寄り添った。 「……あれからさ、 蜂蜜ちゃんに言われたことずっと考えてた」 山は試す、と言われた。 ツツジにはあの言葉たちの全てが理解できたわけではなかったが あの言葉が神々の言葉だとするならば向き合わなければならないと思ったからだ。 「なんかさ…きっとすっごくありがたいお言葉だったんだろうけど 命として、とか存在として、とか 俺やっぱバカだからよくわかんなくって。 でもさ。 なんか、強くなれたらいいなって思った 自分を殺さなくてもさ、守れるようになれたらいいなって…」 命を尊ぶこと。 それには自分のものも含まれる、といった。 ツツジはこれまであらゆるものを蔑ろにしていたような気がしていた。 ここへ来るまで自分のモノを持ったこともなかったし、 他人のことを大切に思うこともなかった。 そして大切に扱われることも。 だけれどどこかそれでいいとも思っていた。 ツツジは自分の手を見下ろして、掌の中に風達を留めてみた。 「この力には何か意味がある、って庭師のお兄さんがいってたんだ 俺は今までこの力のことを見ないようにしてた 今もちょっと怖い。この力がまたみんなを傷付けたらどうしようって思う。 けど、やり方はどうあれずっと俺を守ってくれた存在だから なんにもなかった俺を、ずっと… …だから俺もそう思いたいなって、何か意味があるって…」 手の中に滞留する風は、暖かくて心地の良い温度をして 羽のように優しく指先を撫でてくる。 ツツジはその風をそっと目の前の池へ向けて離すと、 風の渦は池の上を滑って水面を揺らしやがて消えていった。

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