26 / 84

ワンコミュニケーション、略してワンコミ

「まってタイムなんであんな事になってんの。俺のトランクに一体何が起きたの。」 「たいむ?」 「まってってことだわ!!俺のトランクー!!」  がたがたとその身を揺らしながら、化け葛籠はまるで散歩を楽しむ様にして山道を進む。  天嘉は情報が多いと頭を抱えると、わたわたとしながら草むらを掻き分けて後を追う。  蘇芳も十六夜も、タイム、タイムしろ!と早速覚えた言葉で静止を試みるが、天嘉はというとそれどころではない。 「一体どんな手品だよ!!クオリティレベチすぎんだろ!なんであれ動いてんの十六夜!!」 「は、恐らく鬼火が取り付いたものと思われまする。」 「久織亭れべちとはなんだ。落語家か天嘉」 「ちょっとそのボケ回収してる暇ねーから!!!」  十六夜によって、名前があるなら呼んでみろと言われる。そんな、犬猫なんかじゃあるまいし。こいつはまじで言ってんのかと疑いの眼差しを向けると、マジですという顔で頷かれる。  名前、名前ってなんだ。スーツケースに名前なんてつけたことがないからわからない。  俺があれに対してよく言ってた言葉、最早それが名前となって定着していた可能性もある。  一か八か、やって見るほかはなさそうである。天嘉は慌ててトランクを指差すと、大きな声で呼んだ。 「よいしょ!!!止まれ!!!」 「掛け声ですか…」 「今はそんなんいいだろうが!」  引かれたって、トランクは重い荷物しか入れないのだ。だから掛け声は無意識のうちにどんどん使っていた。もしトランクに名前があるとしたら、これ以外は思いつかない。  藁にもすがる思いで天嘉が見つめと、よいしょと呼ばれたトランク…もとい化け葛籠は、ぴたりと動きを静止していた。 「ほら!!!ほら!!!」 「信じられんな、そんな情けない名前を気に入るものがいたなんて。」 「うるっせえ!!どうせ名前なんてワンコミだろうが!わかりゃいいんだわ!」 「わん、こみ…?」  またしても天嘉の言葉に難しい顔をする蘇芳の横から、十六夜が見事な縄さばきで化け葛籠を捕獲した。ほぎゃあ!と情けない声を出してどたんと倒れた様子を見て、天嘉はひきつり笑みを浮かべた。 「俺、のトランク…声がおっさんとか…草も生えねえ…」 「蔦なら絡まっておりますが。」  淡々とツッコミをいれる十六夜によって捕獲された化け葛籠のよいしょは、ズルズルと引き摺られて天嘉の前まで引っ張ってこられると、その銀色の外装からパチリとまあるい目玉を現し、ぎょっとした顔で天嘉をみた。 「天嘉!!天嘉だああ!!!」 「ひぃっ、え、しゃ、しゃべ…っ!」 「そらあしゃべるよ、だっておいら妖かしになっちまったもんなあ。」  化け葛籠は器用にニッコリ笑うと、まるで照れたようにその場をくるりと回転した。  なかなかに愛嬌がある。声はおっさんだが、なんというか親戚のような感覚で話し掛けてくるものだから、天嘉の肩の力は自然と抜けた。 「確認すっけど、名前はよいしょでいいのか?」 「おう、だって天嘉がさんざん言うからなあ。いやあ懐かしい、天嘉が狭間に落ちてから、おいらは助けに行けねえかずっとここらで粘ってたんだあ。」 「よいしょ…その、なんかわるかったな」  なかなかにこの妖怪は人情に厚いらしい。よいしょは良いってことよと照れたあと、その目玉できょろりと蘇芳を見上げた。 「あんた、ちょくちょくここいら飛んでるひとだなあ。やまのけおっぱらってくれっから助かってたんだ。」 「構わぬ、職務だからな。よいしょ殿は天嘉とともに外界での暮らしが長かったのだろう。」 「おう、でもこの話はここでするにはちっと長くなるからよう。おいらつれて戻ってからにしないか。」  よいしょはすすすと天嘉の手の平に持ちて部分を押し付けると、きょろりと見上げた。  なるほど確かにそうである。蘇芳は小さく頷くと、十六夜が持っていた綱で背負えるように見事な手際で縛り上げる。  よいしょはぎょっとした顔はしたものの、バサリと翼を現した二人に、なるほどなあと納得したように頷いた。 「キャリーケースのアイデンティティ無視かぁ。」 「きゃりーけーす?天嘉はトランクといっていたが。」 「おいらの種族はキャリーケースだよ。天嘉はトランクっていってっけどさ、引きずるのはキャリーケース。これずっと言いたかったんだあ。」 「間違えてたの…本体から指摘されるなんて…」  なんとも言えない顔で天嘉が呟くと、十六夜はよいしょを背負う。車輪が地べたから離れたのが楽しいのか、ころころと車輪を動かしては感嘆とした声を漏らした。 「はあ、これが噂の化け葛籠でございますかあ。」 「おお、蛙の親玉だ。あんた二足歩行できるなんて器用だなあ。」 「いえ、親玉とは我々の中では肉芝仙人のことですなあ。まあ、荷運びが得意と伺ったので手伝いなどよろしく頼みまする。」 「おうよ、肉芝仙人かあ、おいら新参者だからわからないなあ。まあ、よろしく。」  帰宅早々、なんとも和やかな会話がツルバミとよいしょの間でやり取りされる。  天嘉は早速打ち解けている同じ背丈くらいの二匹を見ながら、ぽかんとしたままの顔で蘇芳によっての家の中まで運ばれた。 「天嘉あ!おいら中身守ったからあらためてくれよ!」 「あ、お、おう。」 「よいしょ殿!まずはその滑車を拭ってからお上がりくだされ!!」 「おお、そうだそうだ。あとでそっちいくからよろしくなあ。」  ほじゃな!とご機嫌なよいしょに見送られながら、抱き上げてきた蘇芳の肩口から顔を出して、なんとなく手を振った。  蘇芳は影法師に通り抜けたふすまを締めてもらいながら奥座敷につくと、そっと敷かれた布団の上に天嘉を座らせた。 「なんというか、天嘉は妖かしタラシだなあ。」 「んだそれ、てか十六夜は?」 「十六夜なら一度家に戻ってからまた来るよ。なんでも学びがあるだろうと書付をとりにいった。」 「かきつけ…」  なんとなくメモでいいのだろうかと思いながら、ふうんと気のない返事をする。影法師がにょこりと顔を出し、部屋着代わりの浴衣を持ってきてくれた。  そうだ、ぱんつだ。あのよいしょの中には天嘉のぱんつが入っているはずなのである。  礼もそこそこによいしょを奥座敷に通すように伝えると、承知したと言わんばかりにこくんと頷いて消えていく。 「どれ、着替えを手伝ってやろうな。そんな硬い生地で腹を締め付けたら良くない、まずは股引きから脱ぎなさい。」  「だからスキニーだって…ちょっと緩めだから気になんねえけどな。はいはい。」  ベルトのバッグルを緩め、そして前を寛げる。スキニーを脱いで敷布団に尻をくっつけると、蘇芳はまじまじと天嘉のボクサーを見つめた。 「なに。」 「この伸び縮みする面妖な生地が天嘉の褌代わりかと思うと、なかなかにそそるものがあるな。」 「馬鹿言ってんじゃねえっての!」  小さき尻に薄い布地がピタリと張り付いて柔らかな尻を覆う。その滑らかな布越しに尻をもむのが好きな蘇芳は、ニコリと笑うとカットソーにボクサー一枚の姿の天嘉を引き寄せて抱きすくめた。 「うむ、やはり天嘉の尻は気持ちがいいな。俺の手に収まる小ささなのは些か心配だが、まあ太ればいいだろう。」 「…男の尻触って喜ぶのは蘇芳くらいだぜまじで。」  もにもにと感触を楽しむ指先が、くにりと布越しの袋に触れる。ぴくんとコシをはねさせた天嘉の素直な体に満足気にすると、ボクサーの裾から指先を侵入させようとしたときだった。 「天嘉ー!ツルバミが上がっていいぞって言ったから、きちまった!」 「まってましたっ!」  障子の向こう側からのほほんとしたよいしょの声がした。慌てて天嘉が蘇芳を引き剥がすと、当の本人は渋い顔をして嫁を目で追う。あの柔らかき癒やしの感触を楽しむ時間を奪われたのだ、少しだけムスッとはしたが、天嘉がよいしょを座敷に招き入れるとほぼ同時に、十六夜が書付片手に奥座敷に隣接する庭に降り立った。 「ごめんください。」 「おー!今から中身確かめるからみてく?」 「無論でございますな。」  こくんと頷くと、失礼仕るなどと畏まりながら上がってくる。天嘉からしてみたら友達を家に上げる感覚なのだが、蘇芳からしたら十六夜は大分遠慮が無くなったとも思う。別に構わないし、狭量な夫という不名誉なレッテルを貼られたくないので文句こそ言わないが、やはり夫婦の寝所を憩いの場にされるのはおもしろくはないのである。 「うむ。さっさとあらためて、さっさとかえるがいい。」 「なんで付き合ってもらった十六夜追い返さなきゃいけねーのよ。よいしょ、ファスナーあけるぞ?」 「合点。一思いにやってくんな。」 「お館様も存じ上げてる通り俺にはお市がおります故。」  しれっと流した十六夜の神経も図太くなったものである。己の欲を晴らすべく、目の前の人間の新たな文明の利器に興味が一直線なのでしかたはないのかもしれないが。  ジ、というファスナーを開ける音がして、よいしょの体は開かれた。中にはお目当てのボクサーの替えと、スマホの充電器。印鑑やキャッシュカードの貴重品と、簡単な医薬品。そして数冊の本とノートや筆箱、メモ帳。その他細かいもの、イヤホンやら予備電池など細々としたものが袋に入って残っていた。 「おおー!!ある!!」  天嘉のテンションが高くなる。久しぶりの私物に懐かしさを覚えながら、キラキラとした顔で手に取ったボクサーを見た十六夜が、興味深そうに見つめてくる。 「これ、俺の褌。」 「したば、き!!!斯様なものは夫君以外の目には触れぬようにお願いしたい!!」 「んだよ、照れんなって。」 「こればっかりは十六夜と同意見だぞ俺は。」  むすくれた蘇芳がむんずとボクサーを鷲掴かむ。徐に懐に仕舞おうとしたのを取り返したが、まあとにかくこれで下着問題は解決した。  久方ぶりの私物との邂逅に、天嘉はひどくご機嫌であった。

ともだちにシェアしよう!