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若者語録の使い方

「天嘉あー!どこいくんだ!妊婦が出歩いちゃだめだろう!おいらに掴まれ、杖になってやる!」 「いやまだ腹出てねえし。てかツルバミんとこ行かなくていいのか?荷運びするんだろ?」  カロカロと車輪の音を立てて天嘉の手に持ち手を押し付けてきたよいしょは、それがさあ。と心底落ち込んだ様子で口を開いた。 「ツルバミがさあ、おいらのファスナー怖いんだって。なんでも前に菩提獏に噛まれたことがあるからってよう。俺より長生きなのに、肝っ玉が小さくていけねーや。」 「あー‥なんとなく把握したわ…」  引きつり笑みを浮かべた天嘉は、押し付けられるままに握りしめたよいしょの持ち手を握りながら、ツルバミが買い出しの為の備蓄確認をしているであろう炊事場に向かう。  よいしょが来て、そして天嘉の股がスースーしなくなってからはや3日。優秀な侍従蛙のツルバミとよいしょは仲良くやっていたのだが、さあ買い出しにとあいなったときにトラブルが起きたらしい。 「マジで結構でございまする。やはり噛まれると怖いですしなあ。天嘉殿が開けてくれるなら別ですが。」 「開けてやるのは構わねえけど、そしたら俺が買い出し付いてくことになるぜ?」 「それはなりません。蘇芳殿は家から出すなとおっしゃってましたしな。」 「天嘉監禁されてんのかあ。やっぱ、雌は囲っておきたいんだなあ。」 「いやなんでそれで納得しちゃうんだよお前ら。」  板の間を挟んで、炊事場にいるツルバミと会話をする。監禁は甚だ遺憾ではあるが、体調を崩しやすい天嘉をみている蘇芳は、青藍からも妖力が安定するまでは外に出さないほうがいいと言われているらしく、天嘉の生活区域は屋敷の敷地内に搾られていた。 「なんかさあ、デリバリーとかしてくんねえのかな。野菜とかさ、御助に言って。」 「でりばりい…ですか。」 「宅配だなあ。野菜とか家まで運んでもらうのさ。おいらが使えないんじゃ、そうするほうが楽だろう。」 「なんと!それは妙案でございまする!!そうときまれば書付に買うものをまとめてまいりますゆえ、しばしお待ちを!!」  よいしょと天嘉の言葉に目を輝かせると、ツルバミはばたばたと筆と紙を取りに行った。ペンとメモ帳、ツルバミにあげてもいいかもしれないなあ。そんなことを思っていたのがばれたのか、よいしょはくるりと振り向くと、あれ出すか?と言ってきた。 「だなあ。ツルバミにやるか、どうせそんな使わなさそうだし。」 「ほじゃあファスナーよろしく、あ、丁度帰ってきたぞ。」 「墨がありませぬ!買い足さなければ!」  硯片手に戻ってきたツルバミが、柄杓で水を掬って少量垂らす。確かに竹で挟まれた墨はちまこくなっており、蘇芳はここまで縮んでもまだ買い足さないのだと、主婦のようなことを言いながらぷんぷんしていた。 「なあ、これやる。」 「はて、何をいただけるのでしょう…」 「ほれ、ここにぎって。んで上の突起押してさ。この先を紙に滑らせる。」  ツルバミは天嘉の手によって筆のように握らせられると、押し付けた先端で恐る恐る紙をなぞる。辿ったとおりに一本引かれた線を見て、ぎょっとした顔で腰を抜かした。 「な、なんですかこれ!!!墨要らずではありませんか!!」 「墨要らず…」 またなんとも言い得て妙なことを抜かすものだから、今度は天嘉がなんとも言えない顔をした。なるほど、昔の人の珍妙な名付けはこのようにして出来るのだろう。  天嘉にとって見慣れたボールペンを嬉しそうにカチカチと出したり閉まったりしているツルバミに、コレに書付をしろと言うと、もったいのうございます!といってその贈り物を抱きしめる。  もったいのうございますと言われても、外界にでればばかすか売っている。そのことを説明すると、次は抱き込んでいた筆記具をまじまじと見て、もう一度天嘉を見上げた。 「あのう、あのですね…もし、もし天嘉殿の意を体するのであれば…ツルバミは強請っても宜しいのでしょうか…」 「あ?おう、べつにいいぞ。外界にいつ出られるかは蘇芳次第だけどな。」 「ま、マジにござりまするか!?おお、このツルバミ、天にも昇る心地とはまさにこのこと!!」 「うはは、ツルバミは面白いやつだなあ。」  ツルバミの、現代と昔の言葉が入り混じりながらの会話も実になれたものである。天嘉は小さく笑うと、その青蛙頭をよしよしと撫でる。  照れると水掻きのついた手でペタペタと顔を触ったあとに、長い舌でべろりと顔を拭うのだ。この侍従は実に素直であるからして、そうわかりやすく感情表現をしてくれると、天嘉としてもなんだか嬉しくなってしまう。  思えば向こうの世界では、体裁をきにして素直になりきれないというか、まあ取り繕うことが当たり前だったなあとしみじみ思う。  よいしょも天嘉の様子を見て思う所があったようで、きょろりと丸い目玉で見上げると、にかりと笑う。 「向こうよりこっちのほうが、天嘉はいきいきとしているなあ。」 「おや、よいしょ殿がご覧になられてもそうですか。それは良うございました。」 「やめろ、はずいわ!」  今のは、恥ずかしいっていってるんだー。と言ってくる。ツルバミは十六夜同様知識を得ることを美徳としているらしい。  大切そうに与えた筆記具を巾着のなかに納めると、他にはどんな言葉があるのかと聞いてきた。 「えー‥急に言われてもな…なんだろ。」 「アルファベットのやつ、いいだろう。天嘉が覚えるの苦労したやつ。」 「あるふぁべっと…」 「外国版あかさたなはまやらわみたいな」 「成程!」  いそいそとちまこい墨を硯で削ったかと思えば、長ったらしい半紙に細筆を渡された。どうやらかけということらしい。  天嘉は苦笑いしながらアルファベットを書いていくと、ツルバミがよく使う言葉を思い出して、現代の若者言葉に訳すことにした。 「例えばさ、俺らだと緊張とか不安がるっていうのをテンションっていうのよ。テンション、まあ場合によっては高まるって意味もあるけど。」 「つまるところ、感情表現という意味ですな。」 「それだ。んで、テンションの綴はこう。Tから始まるだろ。」 「中途半端な正の字ですなあ…ふむ。てい。」  ちなみにマジの最上級がバリな。と説明を加えると、天嘉は半紙に達筆な筆さばきでTBSと書き加えた。  見慣れないアルファベットに、きょろりと覗き込むようにしてツルバミとよいしょが文字を見つめる。この3文字はなんの意味があるのやら、ドキドキとした目で見上げてくるツルバミに、天嘉は躊躇った。いや、これを聞いたときは天嘉だって訳がわからなかったのだ。しかしまあ端的に言うには確かに楽なわけで。 「テンションバリ下がるの略で、TBSらしい。」 「てんしょんばりさがる。なるほど?つまり、蘇芳殿がまたツルバミの預かり知らぬ所で余計な仕事を増やしてしまってマジテイビーエスでござりまする。ということですな。」 「そうそう、そのとおりそのとおり。んでケーワイ、KYが空気読めないの略。」 「十六夜殿が夫婦の褥に声をかけてきてマジケーワイという意でございまするな。」 「ああ、でもその場合は蘇芳が十六夜に対してKYって思うことだからな。」 「なるほど。勉強になりまする。」  ツルバミの広げた半紙の上には、日常会話で使えそうなものから、いつ使うんだというものまで須らく書付けられており、それの注釈までついている。  どうやら長ったらしい半紙ではなく巻物だったようで、それをくるくると巻き付けたツルバミは、ホクホクとした顔で宣った。 「こちらを十六夜殿に貸し出す代わりに、御助に言ってでりばりいとやらを申し付けるように頼みする。いやあ、誠に良き時間でございました。」 「うそだろ若者語録で天狗ってつれんの…」 「釣れますとも!」  なんとも強かな蛙である。ツルバミはニコニコしながらその巻物を抱きしめると、十六夜に取り付ける交換条件は宅配と何にしようかとブツブツ言いながら自室に戻っていってしまった。  天嘉とよいしょはきょろりと互いの顔を見合わせると、やれやれといった具合でため息を漏らした。 「出しにされた感。」 「妖かしは駆け引きがすきだからなあ。まあ、ツルバミが満足そうならいいじゃないか。」 「うちの子がすげえいいこ…」  よせやいと照れるよいしょの側面を撫でてやれば、そこは頭じゃないと指摘された天嘉であった。  後日、十六夜が血相変えて大量の野菜や米を抱えて御助とやってくるなどとは、この時の天嘉はまだ知らない。

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