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仕置人の隠れ蓑
親切な町の警官のいう通り、ホームセンターは割とすぐに見つかった。
天嘉は事前に蘇芳達と約束をした通り、まず出店のごとく外に設置されたワゴンセールの中から、適当に蘇芳と十六夜の分のジャージを買うと、近くの公園に入った。
ここは人気もなく、そして大人なら入るのを躊躇ってしまうような木々が犇めき合う場所だった。
雑木林へも簡単に入れる。管理されているのは公園の遊具だけで、人目を偲んで好き勝手生い茂っている木々の中に入ると、天嘉に続くようにバサバサと羽音を立てて鳶と鴉が舞い降りた。
「なんか悪いことしてねえのにドキドキする。久しぶりに俺以外の人間と喋ったからかな。」
一人ごち、ガサゴソとタグを切ったジャージを取り出すと、大人しくしている鴉の首に引っ掛ける。もう一着を準備しているうちに、ふわりと葉が舞ったかと思うと、器用に袖を通した十六夜が元の姿に戻っていた。
「十六夜、そのズボンに履き替えて、ほら蘇芳も縮こまってねえで首伸ばせって、わっ!」
十六夜の時よりもさらに強い風が吹いて、蘇芳が窮屈そうに素肌にジャージを羽織った状態で現れると、手首にまとわりつくリブの部分をつまみながら、なんとも言えない顔をする。
「なんだこの珍妙な着物は。これで本当に人間に紛れることができるのか。」
「かたじけない、まさかこのような召し物を賜れるとは。少々窮屈ですが、動きやすくはありますな。」
仮面だけは何卒ご容赦くだされと懇願されたので、十六夜にはサングラスをかけさせた。サイズの大きなジャージは黒と白しか残っておらず、なんとなく元の羽の色から十六夜は黒、蘇芳は白を与えたのだが、治安の悪い輩感が半端ない。
体格がいいのも相舞って、そこらへんのヤンキーなんてビビりすぎて近づいてもこなさそうだ。蘇芳も十六夜も驚くほど顔面の出来がいいので、ともかく威圧感がすごい。少なくともカタギの人物には見え無さそうで、天嘉はその出来栄えに不安しか残らなかった。
「治安わっる。」
完成した人間なりきりセットを身に纏った二人を見ての天嘉の第一声がそれであった。
「お館様、このふぁすなあとやらをお首元まであげねばなりませぬ。少々窮屈ですが、人は空を飛びませぬ。郷に入っては郷に従え。夕刻までの辛抱です。」
「いざとなれば妖術を使うまで。天嘉、くれぐれも俺から離れるなよ。」
「うん、むしろ俺から離れないでくれや二人とも。」
凛々しい顔して見つめてくるのは大変に心強いのだが、こんな治安の悪い美丈夫二人が迷子になってしまっては買い物どころではなくなる。天嘉は決して破ってはならない鉄の掟として、まずは二人とも天嘉の横から決して離れず、単独行動もしないようにと言い聞かせた。そして十六夜には奥方とは呼ばないようにも付け加えた。
「しかし、お館様の奥方様を名前呼びにするのはいけません。俺は一体どうすれば。」
「あー、なら朝日奈で。俺の苗字だから、それで呼んで。」
「ふむ、朝日奈殿。しかと賜りました。」
サングラスに黒のジャージの十六夜が大和言葉で話すのも違和感がすごい。必要な場面では覚えてきた若者語録を駆使すると言っていたが、なんだか不安でしかない。
一方蘇芳はというと、服が少し小さかったらしい。着物のように豊かな大胸筋を晒すようにしてファスナーを下げるものだから、無駄に目立ちそうである。天嘉が念のためで買っておいた大きめのカットソーを渡して着込ませると、ジャージの上は腰に巻き付けてやった。
「んじゃ、まあ諸注意は以上。俺から離れないってのと、必要以上に威嚇しない。悪い奴ばっかじゃねえから、あくまでも自然に装え。声をかけられない限りは変な奴に絡まれても無視をすること。オーケー?」
「おーけー。」
辿々しく頷く二人を引き連れて、いざゆかん再びのホームセンター。顔のいい大男二人組は、まるでSPのごとく周りを警戒するように視線を巡らせながら追随してくるものだから、周りのざわめきを聞き取った天嘉がスタートから五分後に待ったをかけた。
「俺以外見るな!」
赤信号で立ち止まった天嘉が振り向きざまにそんなことをいうものだから、蘇芳はなんだか少しだけ嬉しそうに頷く。無論だなどと曰っているが、誰も天嘉の不安を拭ってはくれない。
気の散りやすい二人の腕に両腕を絡ませ拘束すると、引っ張るようにして青になった信号を渡った。
治安の悪そうな大柄な男を引き連れた、顔のいいヤンキーが、まるで安いメロドラマのようなセリフを叫んだ事の違和感も凄まじかった。故になんだあの関係性はと、もしやあらぬ組合の若頭かしらという捉え方をされているのだが、天嘉がそれに気付くことはなかった。
ホームセンターで、どうか目立ちませんように。と願いながら潜入してから早々。天嘉の神頼みは虚しく聞き捨てられた。
仕方があるまい、侍るように天嘉を挟んだ美丈夫二人は、体格の大きさとその顔の良さで二度見されることが多かったのだ。もはや開き直ることが己が平静を保つのに適すると早々に理解してからは、天嘉は二人に両脇を固められながら、必要なものを蘇芳の持つカゴに次々と入れていく。もはやゆっくり店内を楽しむ余裕なんてない。一刻も早く怪しまれぬうちのスピード退店。これに尽きる。
そんな、天嘉がセコセコと気を回している最中、十六夜が何かに興味を持ったようだった。
「…………。」
「十六夜?」
サングラスをかけたまま、訝しげに眉を寄せる。側から見たらメンチを切っているように見えなくもない。そんな十六夜の様子に、天嘉は恐る恐る声をかけた。
「朝日奈殿、あの者は大衆を集めて一体何をやっているのですか…。」
「え、どれ…」
サングラス越しの二つ眼は、台を挟んで大衆に演説をかましている男を捉えていた。そんな十六夜の目線の先を追うように、蘇芳と天嘉が顔を向けた先では、どうやら実演販売をしているらしい。
目玉商品である強力な防水スプレーの紹介らしく、スニーカー二足にスプレーを吹きかけたものと、そうでないものを水に入れ、その効果を大衆に伝えているようであった。
「ああ、あれは実演販売ってやつだ。売り込みたいものをああやって紹介することで、購買意欲を煽るんだよ。」
「あの噴霧を吹きかけるだけで水を弾くとは…。」
「恐らく、行き過ぎた完璧主義が成し得る御技でしょう。自然の恵である雨の恩恵をありがたがらぬというのは、信仰心もないのと同じ。いきましょう。我々には到底理解できぬ事象です。」
興味を示した蘇芳とは裏腹に、十六夜はというと、なんとも不服そうな顔をしてそんなことを宣った。一体どこどう捉えたらそんな拗らせた解釈をすることができるのだろうか。天嘉は十六夜の言葉に呆気にとられはしたものの、まあそもそもの文化が違う。蘇芳はすぐに興味が失せたように、違うものに目を向けてしまったが、こうして初めて見るものに対して己の意見がすぐに出る十六夜は、やはり物事に対して並々ならぬ関心があるのだなあと思った。
「濡れたくねえってのは大前提だけどさ、俺たち人間って水が怖いんだよ。だから雨ひとつでもいやだなって思っちまう。それって自分たちが敵わねえってわかってるから、少しでも不安を抱かないように工夫してんだと思う。」
多分だぜ?と付け加えると、天嘉の説明に思うところがあったらしい。十六夜は少しだけ逡巡をした後、納得をするかのように数度頷いた。そして、サングラス越しの瞳を柔らかく緩ませると、再び黒山の人だかりに目線を向ける。
「水に神が宿るとは、人が言い出したこと。なるほど、いきすぎた完璧主義ではなく、畏怖ということですな。」
「いふ。」
「恐るということだ。」
「そんな短え言葉になっちゃうの…すご…。」
的外れなことを宣う蘇芳の嫁は、あまり頭の出来はよろしくはないが、物事をしかと見据える力があるようだった。十六夜はその表面のみで判断してしまったが、背景をわかりやすく説明をされればなるほど道理である。天嘉はこちら側の捉え方を汲んだ上で、相手をたてるような物言いをするのだ。まだ若いながらも、さすがは蘇芳の見染めた嫁であった。
「あ、みっけ!」
そんなことを考えているうちに、どうやらお目当てのものが見つかったらしい。天嘉は二人の腕を引くようにして駆け出した。太陽光関連のグッズが集積している棚に近づくと、まるで小さな子供のように目を輝かせながら充電器を手に取った。
腕から離れてしまった熱が寂しい。蘇芳は仕方なしに天嘉の頭を手持ち無沙汰にひと撫ですると、同じく天嘉が大いに反応している棚を見つめる。
何やらそこは天嘉の持つすまほなる文明の利器に酷似したものが並んでおり、蘇芳も十六夜も何が正解なのだか咫尺を弁せずといった様子で惚けるほかはない。やれすぺっくが何やら、おけーじょんうんたら、えるいーでーがどうとかゆうえすびいが何某など、先ほどから理解の及ばない片仮名ばかりを使うものだから、蘇芳は早速考えることを放棄した。
十六夜なんて早々に興味の矛先を変えたかと思えば、何やら刀剣にも似た刃物がついている武具を片手に、至極真剣な顔で蘇芳に向き直った。
「この高枝切り鋏なる武具は非常に使い勝手が良さそうですな。」
「ふむ、切ってよし突いてよし、刃先は槍のようだが寸法がいささか短いな。これなら腰に佩びても邪魔ではないだろう。」
「法務専科ですか。法務と名を冠しながらこのような武具まで…、もしやこの問屋は仕置き人の隠れ家になっているのでは…。」
「なるほど、ならば先程の実演販売何某をしていたものもその手の者だと。侮れぬ、…なんと、老婆もこの武具を手に取るとは…、気を引き絞めねばならぬ。」
蘇芳と十六夜が神妙な顔つきで高枝切り鋏を見つめている。天嘉は、気に入った充電器を片手に振り向くと、こちらに背を向けて何やらぶつくさと宣っている二人を見る。
高枝切り鋏片手に、よくそんなに真剣に話し合いができるものだ。天嘉は、また妙なものに反応を示すなあとしばらく二人を見つめていたのだが、実際二人が来るべくの刺客に警戒をして、気を新たに張り直すなどしているとはついぞ思わなかった。
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