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第5話

「では各自、準備ができ次第召喚を行ってください。慌てなくていいですからね。」 先生は召喚してみせた魔物を送還した後、3年生の生徒達へ指示した。 (”首長鹿”…思ったより大きかったな…!発光する角も綺麗で…。  あぁ、初級召喚の魔物達のように仲良くしても、いや仲良くしていただけるかな…?) 教科書を手にしながら、僕は興奮と期待、それと少しばかりの不安にドキドキしていた。 今日の召喚術の授業は、初めての中級召喚の実践だ。 早速、召喚室の石の床に召喚のための魔方陣を描きこんでいく。 おおっ…!!   その最中、唐突にどよめきが起こった。 僕が陣取っていた召喚室の隅からは、その原因は遠くてよく見えなかった。 ただ、床に魔方陣を描いて召喚したにしては早すぎる。 おそらく、魔術の天才だと注目を浴びている生徒が先生の指示を無視して、魔術で門を作り繋げて召喚をしてみせたのだろう。 確かに魔方陣は魔術で作ることも出来る。 ただ中級召喚の実践は、この3年生クラスでは今回が初めてだった。 だから今日の授業では、魔道具で描いた魔方陣を基にした安定した門を使うよう、先生から指示があった。 案の定、先生からは注意と安全を軽視した行動を咎める声が飛んだ。 「ねぇちょっと…、あれってあの”魔物ボマー”だよね…?」 「…ぅわ、本当だ。今期からは普通授業に復帰すんのか…。大丈夫なのかよ?」 ふと耳を突いた、忌まわしい呼び名。 それは、新たな魔物との出会いと交流を前にして浮足立っていた心に、冷や水を浴びせた。 と同時にその蔑称は、ちょうど一年前の出来事を思い起こさせた。 ――魔方陣内に現れた半透明の蝶型魔物 初めての召喚。その青い羽ばたきに、言葉にできない感動を覚えた。 次の瞬間。 「っ、」 だめだ…!今は思い出すな!  精神のゆらぎは、魔力の状態に影響を及ぼす。 今、供給する魔力や門の状態を不安定にさせるわけにはいかない。 波立ってしまった心を落ち着かせるため、僕は深呼吸をくり返した。 「……………」 (落ち着け、大丈夫…もう大丈夫なんだ…) 3回目以降の召喚は、なんの異変も問題も起きなかった。 もう両手では数え切れないくらい、召喚をしたじゃないか。 自分の魔力を安定させる事も、かなり上達した。 もう、あんなことは起こらないはずだ。いや、起こさないように出来る限りのことをしてきた。 仮に異変が起きたとしても、即、召喚術を解除すればいい。そのためにあれだけ練習してきたじゃないか。 (今、僕ができることは、あれをいったん忘れること…) そうして、精神と魔力を安定させて万全の状態で召喚に臨む。 それだけに集中すればいい。 もう、大丈夫なはずなのだから。 (…召喚作業を再開しよう。) 魔物を召喚するためには、魔物達のいる魔界とこちらの世界を結ぶ門を作る必要がある。 まずは門の土台となる魔方陣を描いていく。ここは初級召喚と大差ない内容だ。 次に門の大きさの設定。 召喚術では通常、召喚対象の種と数などをあらかじめ指定する。 だが誤って危険な魔物が召喚される事を防ぐため、門の大きさ、魔物の魔力量の上限などを設定する。 ここまで出来たら、門を出現させる位置の設定をする。 魔界、白緑湿原西部、どんぐり草群生地付近。 初級召喚より強い魔物がいるエリアだ。 召喚対象は、”首長鹿”。 先生が先程見せてくれたお手本では、発光する角を持つ鹿に似た魔物だった。 最後に教科書や板書を確認しながら、必要な調整と設定をしていく。 (……よし、出来た。) 点検もして、設定漏れや綻びがないことも確認した。 ついでにさっと召喚室内を見渡すと、すでに三分の一程度の生徒は召喚を始めているようだった。 (よし、やるぞ…!) 慎重に魔力を流し込み、魔方陣を門へと変える。 少しすると、門が魔界の設定したポイントへ繋がった。 すると即座に、召喚に応じようとした魔物が魔界側の魔方陣に足を踏み入れた感触があった。 だが。 ――ブンッ 突然、門へ流れ込む魔力が激増した。 すでに出来上がった門には、その状態を維持する程度の魔力しか流していなかった。 僕自身は、何もしていない…はずだ。 門が、魔方陣が波打つ。 (っ! お、おかしい。  でも!またあんな事を引き起こすわけにはいかない!!) すぐさま召喚を打ち消すべく、僕は解消魔術を発動した、が。 ――グンッ! 視界が白緑色の光で塗りつぶされ、異様な引力が身体にかかった。 と思った瞬間。 僕は掃除機に吸われる埃のように、魔方陣の向こう側へ一瞬で吸い込まれてしまった。

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