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第6話
朗々とした先生の声が広い講義室に響く。
前方の黒板には、特殊な方法で撮影された魔界の記録映像が映し出されていた。
「魔界は魔素や魔力で構成されており、魔力の影響、効果が大きく出る特殊な場所です。
魔力の質も私達の世界とは異なります。」
物質と魔力が混在する僕達の世界とは、かけ離れた環境。
こちらで言うところの物理法則なんかも、場所や時間によって簡単に変化するらしい。
地形すら定まらず、一晩で山が谷となる地もあるという。
「到底、人間が生存できる場所ではありません。
心身を保護する魔術もありますが、それを使っても数秒で死に至ります。」
人間が魔界の景色を目にするには、憑依魔術を用いて魔物等に意識を乗り移らせるくらいしか、未だ方法は確立されていない。
人間にとって死地である世界、そこで暮らす生命体も未知の存在だ。
続いて黒板に映ったのは、蛇に羽をつけたような魔物が外敵を追い払うべく、竜巻レベルのつむじ風を起こした映像だった。
「魔物は私達人間より、魔力というエネルギーを使う効率がはるかに高いです。
近年、人間より魔力総量が少ない魔物は、5割を超えるのではないかとも言われています。
ですが彼らは少ない魔力で、高度で規模の大きい魔術も軽く扱って見せます。」
そこで前方の席から挙手とともに質問があがる。
「先生、そんなにすごい魔術がバンバン使えるなら、魔物はこっちの世界に攻めてきたりしないんですか?」
先生はにっこり微笑んでから口を開いた。
「いい質問ですね〇〇君。
実は魔界由来の魔力は特殊すぎて、魔界以外の場所ではその影響力がガクッと下がってしまうんです。
幽体など肉体・実体を持たない者は、物質に触れられず通り抜けてしまいますよね?
それと似たように、魔物は魔界由来の魔力しか持たないので、魔界との差異が大きいこの世界には干渉できないのです。」
魔物は魔界でどれだけ凄い魔術が使えても、召喚師のように門をつないで人間の世界にやって来ることはできない。
また人間の暮らす世界で魔物が魔術で現象を引き起こすにも、召喚師から得た魔力を使わないといけないのだった。
「召喚術は魔力の使用効率に優れた生命体である、魔物の力を利用するための魔術です。
門を作り繋げ、魔物を喚び、術師の魔力などを対価に使役するのが召喚術の基本となります。」
僕が学んでいる公立魔術学校では1年次の召喚術授業は座学のみ。
実践は2年次以降からとなっており、それも選択制で必須科目ではなくなる。
異界の未知なる生物の力を利用できる魔術には、恐ろしいリスクも伴うからだ。
「教科書32ページを開いて下さい。召喚術は便利で強力な魔術ですが、術によって悲惨な事故、事件が引き起こされることもあります。」
力を求めた王によって、人間の精や魂を好む魔物を召喚するべく、多くの生贄が捧げられた様を描く古代壁画。
魔界の植物が使う依存性の高い毒を用いて術師を傀儡とし、術師本人だけでなく数世代にわたって一族の魔力を奪い続けた魔物。
召喚門に不備があったせいで、魔界の嵐がこちらの世界に呼びこまれ起こった人災。
「特定の個体を専属で召喚したい場合などに、召喚術でも契約魔術を利用することがありますね。
では出席番号21番の人、そういった召喚契約魔術の利点を答えてみて下さい。」
「はい、魔物に与える魔力の量を通常より多めに与えるかわりに、召喚作業を早く簡単にすることができます。」
「ありがとう、正解です。他にも召喚時間を伸ばしたりと色々利点が多い魔術ですね。
じゃあ、出席番号22番の人。召喚契約魔術を絶対に結んでいけない場合は?」
「はい、えっと…魔物が自分より魔力…あ、違うか、あーえっと…手に負えない魔物です!」
潔い開き直りに、講義室の方々からクスクスと笑う声が漏れた。
「あはは、ありがとう。そうですね、自分の手に負えない魔物……
具体的には、自分より魔術レベルが高い魔物です。2等級以上レベル差のある契約は法律でも禁止されています。
テストにも出すので、よく覚えておいてください。」
自分の魔術レベル、力量を超えるような魔物との契約は、絶対にしてはいけない。
契約した魔物が、制御不能になる危険があるためだ。
「教科書37ページからは、魔物に召喚契約を悪用された事例が紹介されています。」
火の海と化した国、魔物が跋扈する都市、一飲みに食われていく人間、魔力や精魂を根こそぎ奪われた屍の山。
力ずくで召喚契約の枷を引きちぎり、あるいは契約の穴をついて召喚師を支配した魔物達。
契約を結んでいた召喚師は体を乗っ取られたり、侵略の足がかりとなる魔力等を死ぬまで搾取された。
中には配下の者まで呼び寄せた魔物もいたという。
そうして制限のない自由を得た彼らの前に広がっていたのは、恰好の餌場だった。
「このように格上の魔物と召喚契約を結んだ結果起こる被害は、甚大なものになります。
強い魔物ほど狡猾で人間を騙そうとする者も多く、とても危険な存在です。」
召喚を試みる事ももちろん危険だ。
だがそれ以上に、召喚契約を結ぶと契約者以外による魔物の送還が難しくなるため、被害が拡大してしまう。
先生は教科書の図解も使って念を押すように話してから、「ただ、」と続けた。
「現代ではそういった事態を予防するため、危険な魔物の召喚は許可なく行えないように魔術で制限されています。ネットワーク魔術やプログラム魔術が発達したおかげですね。
来年以降も召喚術を選択してくれた人は身をもって学べますよ。」
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