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第7話
柔らかい風が頬をくすぐるように流れていく。
(外…?)
目を開けると、木が組まれた天井が見えた。少し目線をずらすと、屋根のシルエットと青空も視界に入る。
(あれ…?講義室で授業を受けてたのに…?
…いや、あれは1年生の時の夢か…)
目覚める前に過去の夢をみていたせいで、場所の変化に混乱した。
横を向くと穏やかな日差しの中、黄色い花々が咲く花畑が広がっていた。
(何の花だろう?かなり遠くまで続いているな…)
どうやらここは、花園の中に作られた東屋のようだ。
僕はなぜか、東屋の中に置かれた簡易ベットに横になっていた 。
「身体に異変はないか?」
清廉な風に梢がそよぐような、耳に心地よい声。
それにはどこか憂いを帯びた響きがあった。
声のした方へ目を向けると、髪の長い男の人がいた。
ベットの傍らに置かれた木の椅子に座って、僕の様子を伺っている。
(!全然気づかなかった…)
淡く緑がかった白の豊かな髪に、陶磁器のような白い肌。こちらを見つめる瞳は黄緑色。
白い睫毛の額縁、その奥に据えられたそれは宝石のペリドットのように煌めいて見えた。
(誰だろう……?なんかすっごく綺麗な人だな…人間とは思えないくらい…)
初めて見る顔のはずだった。
でもどうしてか、この人の雰囲気に覚えがあるような気がした。
「どうした?どこか具合が悪いのか?」
再び掛けられた声に、寝起きの頭もハッとした。
次いで自分がまだ寝転がっていたことに気づき、慌てて身を起こし男と向き合った。
「あっ、す、すみません。ただ寝ぼけてただけで…身体は特に何ともないです。」
男は僕の返答に満足げに、一つ頷くことで応えた。
少し尊大に見えるような仕草。
でも何故だかしっくりくるというか、違和感や不快感を覚えなかった。
様になってるって感じだろうか。
(先生っぽいからかな…?)
羽織っている淡い灰色のローブのような服から、魔法薬の先生などを連想したからだろうか。
男にはどことなく、研究者や教授のような思慮深げな雰囲気があった。
(あと、この人は少し偉そうだけど、高圧的な感じはしないんだよな……)
そんな印象を持ったせいか、僕は疑問に思っていたことをするりと男に尋ねてしまっていた。
「あの、ここは…どこなんでしょうか?」
心地良い風とうららかな陽光に見守られ、黄色い花々が咲き乱れている。
自然と心が穏やかになる、牧歌的な景色。
でも、その広がりに果が見えないのは何故だろう…
なんとなく不安で陰ってきた心を抱える僕に、男は言い渋ることなくすらすらと答えてくれた。
「ここは、私が用意した亜空間だ。
場所としては、お前達の使う名称で言うと魔界の白緑湿原内だ。」
告げられた内容に、目を剥く。
驚きすぎて声も出なかった。
(魔界………ッ!?!)
そこは、魔素と魔力で構成された世界。
人間は魔術を駆使したとしても、数秒と持たず死に至る場所。
驚愕している僕の様子を伺いながらも、男は説明を続けた。
「私が召喚門を通じて、この場所にお前を引き込んだ。
ああ、この亜空間は人間にも害を及ぼさないように作ってあるから、生命の心配は不要だ。」
「…………ぁ、」
そ、そうだった。思い出した。
僕は授業で、初めての中級召喚をしていた。
それで突然魔方陣の方に引っ張られて、吸い込まれた。
と思ったが…
(ぃ、いや、そんな……そんな事ありえないだろ……)
魔物を召喚するための魔方陣で、逆に人間を引き込んだなんて聞いたこともない。
亜空間だとしても、魔界で人間が死なずにいられることだって。
自分は夢か幻でも見ているのだろうか?
(召喚門に吸い込まれたと思った時に何か事故が起こって、実は意識不明か、それとも死んだとか…?)
だが夢にしては意識がはっきりしすぎている気がする。
風や花の匂いも感じるし、こっそり捻ってみた腕の肉も痛い。
それに臨死体験などによくある幸福感もなく、あるのはこの受け入れがたい状況に対する不安と困惑だ。
(現実だと錯覚するような幻覚を見せられているって線もある。
あとは肉体は元の召喚室に取り残されてて、憑依魔術みたいに意識だけ魔界に引き込まれたとか…
と、とりあえずは…最悪を想定しよう。)
そして最悪な事にこれが現実だった場合が、一番やばい状況だった。
召喚の際にどこからか門に流れ込んできた膨大な魔力。
目の前の男によると、その源は彼らしい。
男の人ならざる容姿、膨大な魔力、魔界…
「あなたは…その、魔界の…魔物の方ですか…?」
「そうだ。」
続けて魔物は自身の目的を宣告した。
「お前と契約を結びたいから連れてきた。
召喚契約を結ぶまで、お前をここから帰すつもりはない。」
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