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第8話

(…召喚、契約) 魔物の個と契約を結び、専属で召喚することができる召喚契約魔術。 契約魔術は召喚に限らず利用される魔術で、契約行為に魔術的な拘束力を持たせるためのものだ。 リスク回避などに便利である一方で、成立させるために双方の総合的なつり合い…力、意思、利得、ペナルティなどのバランスを取らなければならない難点もあった。 召喚契約は魔力と使役という対価を互いに同等で差し出すという、人間社会で言うところの雇用契約に近いものだ。その性質上、一応「相手を対等な存在」として扱う契約と区分されている。 そんな召喚契約は通常、自分より格下か同レベルの魔物と結ぶものだった。 (最悪だ…) おおむね予想通りだったが、僕はさらに頭を抱えるしかなかった。 あの魔力量と召喚門で逆に人間を引っ張り込む力技。 それらだけでも勘弁してほしいのに、男の言葉を信じるならば亜空間まで操るらしい。 果てしなく広がる、黄色い花畑……… 相手はきっと埃を払うように容易く、僕の命も奪えるような存在だ。 (この魔物が相手ではどんな魔術の天才だって、いやそもそも人間がつり合いをとれるわけがない…) そんな強大な魔物がちっぽけな人間と、よりにもよって召喚契約を結びたいなんて、何か裏があるに決まってる。 たいがいはそう―――召喚契約の悪用。 授業で習った召喚契約における禁忌と、格上の魔物と契約したために起こった惨劇が次々と蘇る。 (目的はなんだ?人間を食い荒らしに行きたいのか?でもなんで僕だけ連れてきた?魔術の天才っていう生徒もいたのに?騙しやすそうだった?それとも実は他の人も連れ込んでて、順番にか手分けして交渉している?) 「…?…、…?……、」 僕は魔物の真意を探るため、まずはなぜ自分なのかを尋ねた。 人智を超える存在に質問するのは、結構いや、かなり恐ろしい。 相手の機嫌を損ねたら、即座に首を飛ばされるかもしれない。 しかし激しく危惧する理性とは裏腹に、僕の直感はなぜかのほほんと背中を押したのだった。 僕の質問に対し、魔物は少し迷うそぶりを見せただけだった。 「自覚があった方がいいか…」 どうやら教えてくれるらしい。 だが魔物から語られた理由は、僕には受け入れがたいものだった。 「お前の魔力は、魔物にとって特殊だ。  甘美であると同時に、力を与える特徴がある。」 「………………は?」 ……………何を、 何を言ってるんだ、この魔物は… (そんなこと、あるわけがない……ッ) 脳裏に一番最初と、その次に召喚した魔物達の姿がよぎる。 その、悲惨な最後も。 「、ッ!………」 あんなことになったんだ。 毒になる、と言われた方がまだ納得できた。 否定を露わにした僕が言葉を発するより先に、魔物は静かに補足を添えた。 「強すぎる薬は劇薬になる…お前の魔力は魔物からすれば、人間が認識している量の500倍はある。  1年前にお前が召喚した劣弱な魔物らには、幽かでも身に余る力だった。  結果、召喚に応じた対価として得た過大な魔力に耐えきれず、身を滅ぼした。」 ガツンと頭を殴られたかのような衝撃だった。 ――対価として得た過大な魔力に耐えきれず… (ぁ、だから、あんなに身体が膨らんで…) "調査ではこれといった異常は見当たりませんでした。  やはり一時的なものだったのだと思われます。" "召喚する側に、例の現象を引き起こす要因があったとは考えられないな。  魔力を送った先の魔界で偶発的に、魔力にゆらぎが生じたとしか…" 召喚術の教諭にはもちろんのこと調査にあたった他の教諭や外部研究者の一部にも、原因は何だったのかと尋ねて回った。 しかし誰も明確な答えを持ち合わせていなかった。 自分なりに似た事例や参考にできそうな文献を探したりもした。 3回目の召喚以降、問題なく召喚ができるようになってからも調べ続けた。 (ただの学生が調べたって、自己満足でしかないだろうけど…) そう思いながらも、僕は何かできることをし続けなければいけなかった。 あんなことを二度と起こさないために。 そして何より。 魔物を殺してしまった罪悪感から意識をそらし、自分の心を守るために。 でも結局、その答えを知ることはできなかった。 「…………」 追い求めてきた答え。 それがいきなり降ってきたことに気持ちが追いつかず、茫然とする。 そんな僕に、魔物は高みから言葉を言い放った。 「気にすることはない。お前たちの世界にも極小の生物というのがいるのだろう?  人間の目に入らない位のもの達が。  お前はそれらを気にしながら地を歩くか?…潰したことを嘆いてもキリがないはずだ。」 「………、」 (「気にすることはない」か…  確かに、目の前の魔物からみればそうなるかもしれない、けど…) 視界に入らないちっぽけな存在を踏み潰してしまうのは、仕方のないこと。 その言い様は弱い魔物を見下している風ではなく、”ただ当たり前の事実を述べただけ”のように聞こえた。 (そしてきっとこの魔物から見れば僕だって、人間だって似たような存在なんだろう…) ”強い魔物ほど狡猾で人間を騙そうとする者も多く、とても危険な存在です。” 授業で先生が言っていた警告。 一方で目の前の魔物は、こちらへの悪意や害意を全く感じさせなかった。 だがそれは、気軽に刈り取れるものにただ、手を伸ばそうとしているだけだからだろう。 (……この魔物の言葉を鵜呑みにするべきじゃないな) 僕の魔力が魔物にとって特殊だという話も疑ってかかったほうがいい。 何か隠された思惑があると考えるべきだ。 「私はあの後すぐに、お前の魔力の特殊性に気付いた。  それからここ1年間ほど、他の魔物に察知され横奪されぬよう監視していた。」 淡々としたその言葉で、僕は重要なことを思い出した。 (なら、3回目以降の召喚はどうして問題なく出来たんだ?) 原因調査のため教諭や外部研究者らの前で行った、3回目の召喚は何故かなんの異変も起こらなかった。 変わらず理由ははっきりしないままだったが、僕は3回目以降も何事もなく魔物を召喚できるようになった。 (1、2回目と同じ魔物だって召喚した。僕の魔力が原因なら、同じようになってしまうはず…) やはりこの魔物は嘘をついている。 僕に言った内容とは違う目的のため、僕を騙して召喚契約を結ばせようとしている… そうとしか思えなかった。 「話を召喚契約に戻すぞ。  私はこのままここで、お前から魔力を搾取することもできる。  だが契約を結んでいた方が、有事の際や諸々の事を考えると都合がいい。  だから、お前と召喚契約を結ぶ機が熟すのを待っていた。  ……契約を結ぶ気はあるか?」 「……、」 僕の答えは、魔物が話し終える前から決まっていた。

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