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第11話
それから魔物に「休息を取れ」と命じられ1時間ほどベッドで休んだ後、魔物からこの亜空間の案内を受けた。
僕達は東屋と外通路で繋がる白い屋敷へと入り、室内を見て回った。ダイニングキッチン、洗面所、浴室、トイレ、書斎、図書室。
(どの部屋もだいぶ広いな…)
自分の家の倍はありそうな浴室の広さにポカンとしていると、魔物が何やら自慢げに語ってきた。
「ここはお前の居住用にと私が一から作った。快適かつ不便はないはずだ。
に、っ人間風情にこれほど繊細な気遣いや気品ある住居を与えるなど、お、お前以外ではありえないからなっ」
「…は、はぁ…?…えっと、…ありがとうございます…?」
(えぇ……?こういうのには一体、なんて答えたらいいんだ…?)
そしてまた、何だか言いづらそうに話すのは何故だ。
この白緑色を纏う魔物は絶大な力を持つゆえか、常に思わず跪きたくなるような風格と気品を漂わせている。
そんな人物が突如誤作動でも起こしたかのように、ぎこちなく話す有様は奇怪で目を引いた。
(何か後ろめたいことでもあるのか?)
時折見せるその様子に僕は不審の目を向けながら、魔物の後ろをついて回った。
最後にお前の自室として使えと、ベッドと机、椅子が置いてある部屋に案内された。
「この亜空間にあるものは自由に使っていい。ほかに必要なものや、困ることがあれば言え。
私は寛容だから、ぉ、お前からのもっ文句程度で腹を立てたりはしない。」
「…は、はい…」
これはたぶん「何か不便があったら遠慮せずに言え」と言いたいのだと思う。
監視・保護生育対象の管理を徹底するために、家畜の声にも耳を傾けてくださるのだろう。
「人間は私のことを、”L”と呼んでいるんだったな」
”L”、聞き覚えのある名前だった。
(…って!
あの”月桂樹の魔物”の略称じゃ…っ!?!)
その魔物は魔界の歴史にも名を刻む、古からの湿原の支配者。
まさに伝説級の存在だった。
(え、う、嘘だろ……。ほ、本物、なのか……?!)
月桂樹の魔物は人型もとるという事は判明している。
けれど分かっているのはそれくらいで、真偽を判断できる情報を人間はまだ掴んでいなかった。
(普通なら有名どころの名前を騙っている、と考えるべきだけど…)
ただそれが事実だとすると納得のいく事もあった。
莫大な魔力、規格外の事象、それに僕の召喚したあの2体の魔物について把握していた事。たとえ嘘だったとしても、人智を超えた危険な魔物であることに変わりはないだろう。
僕が魔物の正体に気を取られている隙に、魔物は何か魔術を使ったらしい。
仕上げに僕の口元を白い指がなぞった。
「契約を結ぶ気になったら、その名で私を呼べ。
小声でも、側にいなくてもそれですぐ分かる。」
「は、はい…」
僕の返事を確認した魔物は、ふいっと目を逸らしてから不思議な内容を付け加えた。
「それ以外で呼びだしても、かっ構わないっからな!
人間風情が遠慮などすることない。眠れないとか、さ、寂しいとか…」
「え、…? さ、寂しい……??」
(寂しいって言ったか?)
意図の掴めない発言に、僕は戸惑いを隠せなかった。
が、魔物は少し据わり悪そうにしながらも真面目な顔で頷いただけだった。
(………???)
言葉の意味は分かる。だが相手が言わんとしている事になかなか辿り着けない。
コミュニケーションの難しさを、まさか魔界に来てまで思い知らされるとは思わなかった。
(…そもそも、たとえ寂しかったとしても、この魔物を呼ぶなんていう畏れ多い発想を人間風情がするわけないんだけども…)
「………」
うーん、えーっと、これは、つまり。
積極的に呼んでほしいということなのだろうか?
何の意味がある?これも家畜の管理を徹底するためか?
いや待てよ。もしかしたら単純接触効果を狙った懐柔策の一つとか?
積極的呼出しの狙いについて考えを巡らせる僕を、魔物は腑に落ちないような顔で見ていたが、
「私は大抵書斎にいる。
ここに居ないこともあるが、逃げることは不可能だ。
せいぜい何が最善の選択なのか考えるといい。
此処は、人間界と時間の流れ方が違うからな。」
と告げ立ち去っていった。
なぜか何度もチラチラ振り返っていたけども。
「……………」
僕はとりあえずベッドに腰掛けて、一息つくことにした。
(これから、どうなるんだろう…)
この亜空間には、あの魔物以外は誰もいなかった。
ここであの人と二人で暮らすことになるのだろうか。
(まあ、不便はなさそうだったな…)
魔物が自慢げに言った通り、屋敷の中は住み心地が良さそうに整えられていた。
外側だけでなく水道、ガスといったライフラインはもちろん、電気や魔力を原動力にした機器製品も揃っていた。
食品も主食からハーブティー、お菓子まであった。どうやって入手したんだとツッコみたくなったくらいだ。
あの魔物…あんなに凄い力と態度の癖に実は相当な世話好きだったりするんだろうか?
(いや、気を抜いちゃダメだろ)
監視、生育といった言葉。魔力を奪うため毒薬だけでなく、解毒剤まで用意していたことから考えると…
「あの魔物も、他の魔物の飼育とかをしているのかもな。」
強い魔物のなかには人間と似た生活様式を持つ者もいる。家畜として他の魔物を飼う話も聞いたことがあった。
だからそういった下等生物の世話にも慣れていて、適した住処や食べ物を用意してやるのはその一環。
あの魔物にとってはいつもの飼育作業の一つなのだろう。
”に、っ人間風情にこれほど繊細な気遣いや気品ある住居を与えるなど、お、お前以外ではありえないからなっ。”
(あれも…僕を信用させるための演出として言っただけでは?)
それに現在進行形で高度な幻覚を見せられていて、実際は培養液に突っ込まれているだけかもしれない。
(どちらにしろ、僕が召喚契約を結ばなければいいだけだ…)
思考が一旦終着したところで、僕は疲れた心身をベッドに投げ出した。
(そうだ…授業は、学校はどうなっただろう………?)
突然生徒が魔方陣に飲み込まれた…か、意識を喪失して倒れ込んだために大騒ぎになっている…
そんな光景が思い浮かんだ。
「うああぁ…」
召喚術の先生にまた迷惑をかけてしまった。
あんなに良くしてもらったのに、申し訳なさすぎる。
クラスメイト達や周囲には、「またあいつかよ」なんて言われているだろうか。
「…そういえば、」
(あの魔物は、”ここは時間の流れが違う”って言ってたな…)
もしかして元の世界では、僕が消えてからすでに何年も経ってたりするんだろうか…?
「……」
むしろ、その方がいいのかもしれない。
そうだったら、帰れないことにも家族と会えなくなることにも、
全てに諦めがつく。
でも。
”本当に、脱出は出来ないだろうか?”
心の隅の方からそんな囁き声が聞こえた。
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