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第12話
自称・湿原の領主様の繊細な気遣いによるものなのか、この亜空間にはちゃんと昼と夜があった。
時計も置いてあって、針の動きや体感的にも人間の住む世界と同じ時間感覚だ。
そんな亜空間での僕の一日は――
まず睡眠によって回復した魔力を、目覚めと共に限界まで奪われる…
わけではなく。
コトン
「冷めないうちに食べろ」
目玉焼きが乗ったトースト、レタスとトマトのサラダ、オニオンスープ。
「い、いただきます…」
キッチンでの朝食から始まるのだった。
朝食に限らず食事は毎日3食、かの魔物が準備してくれた。
そしてその賄い人はいつも、僕が食べる様子をどことなくそわそわと監視してくるのだった。
なんでだ?何か変なものでも入れているのか?
問題の魔力搾取は、就寝前か朝食後に行われている。
ただこれは毎日ではなく一日置きの頻度で、あの、れ、例の方法によって奪われている。
そして相変わらず、丁寧に後始末までされるのだった。もう何も思うまい。
(……昨日の夜も、半分位までしか魔力を取られなかったな)
”ここで、お前から魔力を搾取することもできる”
あの発言から僕は、ギリギリまで魔力を搾取され、後はひたすら魔力回復に費やすという家畜じみた毎日を想像していた。
しかし、前述の通り搾取には一日以上のインターバルがあり、奪われる魔力も万全な状態のうちの半分程度。
それは一晩ぐっすり寝れば余裕で回復できる量であった。
そしてなんと、食事や搾取以外は基本的に自由に過ごす事ができるのだ。
ストレスや生活の質なども、魔力の質に影響するのか…?
いや、やはり魔力搾取はカモフラージュで、本当の目的を隠すためだけの行為では…?
(…とにかくまずは情報が欲しい)
あの魔物の意図を探るためにも、脱出の可能性を探るためにも。
そう行動指針を定めた僕は、まずこの亜空間の探索を始めた。
自室、キッチン、洗面所、トイレ、浴室、図書室、書斎、東屋、外の花畑…
有り余る自由時間を使って一日2か所程度ずつ、探索魔術なども使って丹念に調べていった。
連れてこられてから8日目となった今日。
未探索場所は、広大な花畑の1/3程度を残すのみとなっていた。
(どれ…今日も探索をしていくか…)
腰を上げた僕がまず向かうのは、いつも図書室だ。
そこから数冊の本を借りていき、それを屋敷のあちこちで読むことにしている。
そうやって読書の合間の休憩に見せかけて、調査を行っていた。
(でもこの程度の誤魔化しじゃ、探索行為はバレてるかもしれないけど)
湿原の片隅で起きた、か弱い魔物の召喚事故まで把握していたくらいだ。
だが気休めだとしても、問い詰められた時の言い訳くらいは用意しておきたいのが卑小な人間の心情だ。
(まあ人間を食い荒らしに行きたいなら、召喚師は門を開けるまで生かしておくだろうし)
特殊すぎる魔界由来の魔力しか持たない魔物達は、召喚師のように門をつないで人間の世界に干渉することはできない。
召喚に応じた際に得た人間の魔力さえも、魔界に戻れば魔界の魔力にすぐ同質化してしまう。
(あの時は…もう魔界に門をつないでたし、召喚に応じた対価だった僕の魔力も利用したんだろうな)
召喚門に引き込まれた時のことを振り返り、少し考察してみた。
ただそれにしてもあれは力技だと思う。やっぱり幻覚や意識のみの連行説の方が濃厚だろうか。
”お前の魔力は魔物からすれば、人間が認識している量の500倍はある”
ふと、例の疑わしい話のことを思い出した。
自分の魔力が何か変な可能性はあるとは思う。だが500倍はガセだろうとしか思えなかった。
今まで魔力測定や検査を何度か受けてきたが、何か言われたこともなかった。
(本当だったらすごい事だろうけど…)
心配性な自分はきっと、興奮より恐ろしさを覚えることだろう。
”強すぎる薬は劇薬になる…”
確か、あの魔物もそんなことを言っていた。
「…………、…」
(もしかして、一度に多く取ると副作用がある…?)
魔力の搾取後、最初の時程ではないが少しぼんやりとする魔物の様子が思い出された。
半分程度しか取らないのではなく、取れないのだとしたら?
もし、そうだとしたら。
何かに、それを利用できないものだろうか?
例えば、何かしらの、それこそ召喚契約の交渉材料に。
「…………。」
いや、これは危険な考えだ。それに僕の魔力の話はきっと嘘だろうし。
僕はすぐに危うい思考から離れようとしたが、微妙に失敗してしまう。
(そういえば、召喚師側にあえて不利な条件をつけることによって、術師の力量以上の魔物を制御する方法もある…って本で読んだな)
図書室には召喚術に関する本もあったはずだ。
ただ図書室の本は、あの魔物に都合のいいように改ざんされている可能性もある。
「………、…」
ただ、知識欲を満たすだけ。
本の内容も鵜呑みにはしないし、実践も考えない。
契約を結ぶなんて、自分の身に余る危険な行為は絶対にしない。
僕は今日のお供を召喚契約魔術の本にすることに決めた。
(魔術、魔術関連の本、魔界に関する本、召喚術に関する本……
あ、あった。「召喚と契約魔術」)
図書室内を巡り、目当ての本を探す。
関連した本がまとまって配置されているので、分野の場所さえ見つけてしまえば探しやすかった。
易しそうと思われる本を手に取り、目次、気になるページをパラパラと捲っていく。
(…うーん、ちょっと僕には難しい本だな。)
自分にはまだ早い本を棚に戻す。
そしてもう少し噛み砕いた表現の本はないかと顔を上げた時、書斎の扉の近くまで来ていたことに気づいた。
図書室と扉で繋がっている書斎。
今日は中に自称・領主様がいるはずだった。
(いや別に、そんなに気にしなくても大丈夫なんだけど…)
なんとなく扉を見つめて、内側の様子を想像してみる。
窓を背にして置かれた大きい机、その横にもう一つの机。大きい机の対面にソファセットが一つ。あと壁際に棚や本棚がいくつか。
一日目の案内で書斎の中も一通り見て知っていた。
僕も使って良いと言われていたが、積極的に訪れようとも思わなかった。
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