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第13話

(これ以上、あの魔物に気を許す訳にはいかない…) 圧倒的な力を持ち、それを使って自分を突然拉致した魔物。 召喚契約を結ばせるため僕を亜空間に監禁しているが、その真の目的は未だ闇の中。 テンプレ通りなら、契約後にもたらされるのは人間の死体の山々。 理性では最大限に警戒すべき相手。 そんなこと十二分にわかっているはずなのに。 「………っ…」 なぜか自分の中の直感というか感覚が、いまいち警戒心を保とうとしなかった。 現状ひどい扱いを受けていないから? 召喚門を開かせるつもりなら、当分は殺されるような事はないだろうと高を括っているから? 自分に召喚契約を結ばせるカモ以上の、何らかの価値を見出しているような節があるから? 相手に自分を害する気が全くないこと、むしろ手厚いというか精一杯気にかけようとしている… そういう空気感を肌で感じ取っているから、心から警戒できないのか…? (それとも何か洗脳とか、魅了魔術の類でも使われてるんだろうか?) でもそれにしては効果がまどろっこしい気もする。 いやきっと気づかれない事に重きを置いているんだろう。 というより、そう思っていないと危なかった。 まるで春が近づいてくるかのように、自分の警戒感が日を追うごとに少しずつ氷解していく音がする。 監禁して外界との接触を断ち、その上で優しく…とまではいかなくても油断を誘うような待遇 、態度で接する。 あれか?北風と太陽みたいな作戦なのか? だとしたら、かなり人間の情緒について調べてることになる。恐ろしい分析力だ。 これは広く注意喚起すべき危険だと思うが、今の自分は指をくわえていることしかできない。 (あとあの…時々どもったり、意味不明の発言をしたり、そわそわしたりする不自然な言動。  あれは一体何なんだ…?) そこでふと、既視感のある甘い香りが鼻を掠めた。 (ん、あれ…?なんだっけこの匂い…) なんの匂いか思い出そうと、もう一度嗅ごうとした。 しかし、香りは幻のように消え去ってしまっていた。 (さっき確かに匂いがしたのにな…) もう少しで答えが出そうなのに、出ない。そんな歯がゆい状態を、どうにか解消したくなった。 すんすんと鼻を鳴らしながら、もう一度あの匂いはしないものかと、周辺をゆっくり探ってみる。 すると書斎の扉の近く、本棚と本棚が背中合わせになっている辺りから一瞬だけそれが薫った。 2回目で、その甘い香りが何だったのかも分かった。 (あれだ、あの毒薬の匂いというか、味に似てるんだ。) まるっきり同じ風味ではなかったが、魔力の制御を狂わす毒薬に繋がる香りだと感じた。 (そういえば、あの毒薬はどこから持ってきているんだろう?) 僕が見た限りでは、この屋敷内にはあの毒薬の保管場所は見当たらなかった。 書斎だって自称・領主様が不在の日に、机や戸棚の中もくまなく探っていた。 しかし、毒薬の小瓶すら見かけなかった。 ただ、これだけ大きな亜空間を創造できるのだ。 例えばあのローブの内ポケットを拡張して、保管していることも考えられる。 (でも、) この亜空間の外に保管している可能性だって、ゼロではないだろう。 この匂いの先には、もしかしたら亜空間外に繋がる場所があるのかもしれない… チラリと、書斎に繋がる扉を伺った。 扉は閉まったままで、彼が出てくる気配はなさそうだった。 ゴクリ… 本棚と本棚の間、隙間さえ無いようなそこにおそるおそる手を伸ばした。 風のような、空気の膜に触れた感触。 次いでそれが揺らぐのを指先で感じた。 そして自分の手は本棚に触れることなく、その奥へと突き抜けてしまった。 (たぶん、このまま、入って行ける気がする…) この図書室も探索魔法も駆使して、事細かに調べたはずだった。 しかしこの出入口を見つけることは出来なかった。 やはりあの魔物が隠したものを見つけるなんて、自分には到底無理だったのだ。 (今日は偶然見つけられただけ、次があるとは考えない方がいいよな…) 魔界は一晩で地形すらかわる世界だ。 繋がる場所、出入口の場所が日々変化しないとも限らない。 あの魔物からしたら、僕の脱出ルートなんて隠しておきたいことだろうし。 もう一度、書斎の扉の方を振り返ってみた。 相変わらず扉も、その中も静かなままだ。 …今のところは。 (危険かもしれない。  でも、これを逃したら……  脱出のチャンスはもう、来ないかもしれない…) その時、僕の足を止めるものは、その場には存在しなかった。

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