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第17話

「また眠れていないようだな」 そう言いながら親指で僕の目元をなぞった魔物は、白緑色の眉をひそめた。 その白い指は、ガラス細工にでも触れるような手つきだった。 元々神経質気味な僕は突然の環境の変化と様々な不安から、すんなり寝付けない夜が続いていた。 そんな中今日の魔力搾取は夜、就寝前に自室として宛がわれた部屋のベットで行われた。 朝の魔力搾取の時は、汗や体液などで汚れた体を清潔にしていただいてから、 「少し休息を取ってから動くようにしろ」と言われた後は放っておいてもらえる。 だが、どうやら今夜は違うらしい。 ベットに横になっている僕に毛布を掛けた魔物は、唐突にその隣に横たわった。 「っ!??」 何をするのかとまだ重怠い体で身構える。 しかし魔物は僕の警戒など気にせず、その白い手で僕の胸のあたりをゆったり優しくトントンしてきた。 「っぇ…?」 「?どうした?叩き加減が強かったか?」 「い、いえ…」 (こ…!これは、もしやあれか?  僕は今、寝かしつけられているのか…!?) 思わずまじまじと、隣にいる魔物の顔を見上げてしまった。 「…フッ、なんだその顔は。  ほら、今はそう思い悩まずに眠れ。人間は睡眠が重要なのだろう?」 (ッ!?!、わ、笑った…) 聖母を連想させるような、どこか慈しむような微笑み。 衝撃を受けた僕の目は見開かれ、驚いた心臓もドギマギ忙しなく動く。 この白緑の魔物は、姿は人とよく似ているが人間ほど表情を浮かべなかった。 いつも無表情という訳ではないが、なんというか表情が薄いのだ。 人間ほどコミュニケーションを重視しない生き物だから、表情筋自体が人間ほど発達していないのかもしれないと思っていたが… (こんな柔らかい顔もできるんだ…) その面差しは演技のようにはとても見えなかった。 そもそも弱肉強食の世界に生きる魔物が、こんな表情をできるなんて思いもしなかった。   (どうして……?) 目の前の魔物は、弱い魔物達を踏み潰すのは仕方のないことだと語っていた。 人間だってそれと同じ程度の存在だろうに、なぜ僕にこんな顔を向けることができるんだ…? (…幻術の類だとした方が、よっぽど納得できるのに。) でも、そうだったら少し。 ……悲しい。 心の奥底で呟かれた声は、聞かなかったことにした。 精を吐き出したあとの気だるさも手伝ってか、僕はすぐに深い眠りへと落ちていった。 目が覚めた先こそ、悪夢だった。 (…う”うっ。ベタベタしてて、気持ち悪い……) 僕は変わらず蔓に囚われたままだった。 身体は土や蔓の粘液、自分の汗や体液が混ざり合ってドロドロだった。 所々カピカピしてつっぱる感じもする。 そのうち痒みや酷い臭いも出るであろう汚れ具合に、みじめさが募った。 花の魔物は少し離れた所で目を閉じてじっとしていた。 その姿は、遊び疲れた子どもが眠っているみたいだった。 だが身体にゆるく巻き付く蔓は、時折ずりずりと動いては僕を苛んだ。 「…ンッ……ぁ…っ…」 花の毒のせいか、情けないことにそれだけでも身体が疼いてしまう。 でも、蔓を振り払って逃げるための体力も気力も、もう残っていなかった。 粉雪のように降り積もる快楽に自我が覆われていくなか、ぼんやりと思う。 (…もしかしたら、もっと早くこうなっていたのかもしれない) あの白緑の魔物が僕を見張っていたから、何もなかっただけで。 今までは運が良かっただけで。 特殊な魔力を持っていても結局、平凡な力しか持たない自分。 脅威をはねのける力のない者は、虫けらのように好き勝手に弄ばれ搾取される…それが摂理なのだろう。 自分だって魔物を殺してしまった過去があった。 だからこれも、 こんな目に遭うのも、し、仕方ない……… 「…っ”っ、……ぅ………、…!!ッ」 気配を感じたのだろうか。 花の魔物がふるふると瞼を持ち上げ、あのぞっとするような紅い瞳をのぞかせた。 そして僕が目を覚ましたことを見つけると、楽しそうに唇の端をつり上げて近づいてきた。 (あぁ……あの延々と溺れ続けるような時間が、また始まるのか…) 呼吸が早くなり、体が震え出す。 (……どうせ喰われるのなら、) "お前が何か…よ、余計な事を考える必要はないのだっ " "冷めないうちに食べろ " "ほら、今はそう思い悩まずに眠れ。人間は睡眠が重要なのだろう? " 口ぶりは傲慢で、行動は強引。 そして時々、その言動もぎくしゃくし出す不審者。 それでいて、こちらを気遣おうとする意思が垣間見えたり、謎の安心感をもたらす白緑色の不可解な存在。 (自称・領主様がよかったなぁ…) 諦めて目を閉じて、早く終わることを願う。 自分はもう、願う事くらいしかできそうにないから。

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