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第19話

サラ……、パラ…サラ…… ベッドに寝かされた僕の髪を確かめるように触る、白く美しい指。 だが指の持ち主は眉間にしわを寄せ、依然厳しい顔をしている。 汚れはすっかり落ちたというのに。 「何故、私を呼ばなかった」 髪を見つめたまま魔物がポツリと呟いた。 「え?」 「…最初の日に言っただろう。契約を結ぶ気がなくても、何かあれば呼べと」 (そういえば、そんなこと言われてたな…) ただ花達に襲われてからはいっぱいいっぱいで、全く思い至らなかった。 正直にそう打ち明けると、魔物は僕の目を覗き込んでガッチリと視線を絡ませた。 「いいか、もしまた何かあったら、次は必ず私を呼べ。  絶対に忘れるな…!!」 「は、はいぃ」 念を押すように僕をギラリと睨みつけた後、ペリドットの瞳はまた視線を彷徨わせた。 「…お前が早く私を呼んでいれば…いや、私がもっと早く気づいたら、そもそもあの空間を外に作っていれば…」 そうこぼしていた魔物は僕の首元を見止めて、なぜか眉間の皺を深くした。 「お前をあんな目に遭わせることはなかったのに…」 魔物はそのまま僕の首を見つめながら、指先でそっとそこを撫で続けた。 表情は変わらず険しいままだが、先程よりは雰囲気が凪いだように見えなくもない。 だがその内側では重暗い感情が渦を巻いているのではないか、と僕は思った。 そう感じたのは、たぶん自分も似たような思いをしたことがあるせいだろう。 魔物の様子は、過去の自分を…安易に考えた結果、2度目の死の引き金を引いた自分を思い起こさせた。 ――この魔物は今、深く後悔している。   僕が酷い目にあったことに対して自責の念を抱き、心苦しく思っている… これは間違っているかもしれないし、自分がただそう思いたいだけかもしれない。 魔物の方も単に管理体制の不備があったことを悔やんでいるか、僕の魔力の心配をしているだけかもしれない。 けれど。 ”力のない者は好き勝手に弄ばれ搾取されるのが、摂理” 自分自身でさえ、そうやって仕方のないことだと思おうとした温室での出来事。 それを多少なりとも憂いてくれる存在が、目の前にいた。 その事実に、僕は胸がいっぱいになってしまった。 契約を結ばせるための演出かもしれない、と理性は諌める。 それでも感情は溢れ出して、止まろうとしなかった。 「!? っお、おい、どうしたんだ?痛むのか?思い出して恐ろしくなったのかっ?」 「…っだ、大丈夫です。なんでもな」 「ないわけ無いだろう。…確か人間は触れ合うことで、不安や恐れを緩和したりするのだったな…」 そう言って魔物は、僕をゆっくりと抱きあげて寝台の少し奥へと横たえた。 そして今度は自分もベッドに潜り込む。 その行動に何度か寝かしつけられたことを思い出すが、今回はなんだか密着度が高い気がした。 不思議に思っていると、壮麗で気高い自称・領主様は次のように仰った。 「光栄に思えよ。人間風情が私を抱き枕にできることを」 しかも、ドヤぁという効果音まで背負っていそうな言い様である。 …これはどう解釈しても、全人間風情が困惑必至な現象であった。 「え、あの、いや」 「ほら遠慮するな、私をコケにする気か。お前には休息が必要なのだから、早く眠れ。」 と魔物は自称・抱き枕のくせに、僕を抱きしめながら眠りを促した。 (わ……こ、こんな風に抱きしめられるのなんて、いつぶりだろ…) 初等学校の2、3年生以来だろうか。 滅多にない他人との密着具合に戸惑い緊張し、ついモゾモゾしてしまう。 しかも相手は自称・月桂樹の魔物であらせられるのだ。こんな状態で寝れる訳がない… そう思っていたが、慣れるのは自分でも意外なほど早かった。 (…この人、なんか森みたいな香りがして、落ち着く…) 例の馴染みのあるようなホッとする感じも、香り由来だったりするんだろうか…? そんなことを考えていると、フワフワとした眠気がやってきた。 しかもそいつは悪いことに、僕の遠慮や自制心を遠くへ追いやってしまう。 虫けらのように蹂躙された心と体の震えは、まだ止まっていなかった。 誰かに縋りつきたい欲をずっと訴えていた。 そしてとうとう僕はそれを抑えられなくなって、おずおずと枕に抱きついた。 すると応えるように背中に回った腕が揺れ、ひんやりとした手が優しく背をさすってくれた。 (木の、ゆりかごみたいだ……) 魔物の腕の中は、悔しいくらいに安心できる場所だった。 自然とせり上がってきた雫を隠すように、僕は彼の胸に顔をうずめた。 そして眠りへと沈み込んでいった。 "うわっ、爆殺狂だ" "ッ最悪……!朝から見かけるなんて…" "あれが噂の魔物ボマー?" "見た目はフツーなんだな。もっとイっちゃってる感じかと思ってた" "でも全然そう見えないのも、逆に不気味だな…  召喚した魔物を爆発させたとかさ…" 2年時の召喚術の実践授業の結果、僕には様々な呼び名ができた。 でもそれらは全て、異常犯罪者へ与えられる蔑称のようなものだった。 "そういえば明日、原因調査のために召喚するらしいよ。" "マジかよ。また爆発させんのかねー?" 処方してもらった薬で、無理やり眠りについた翌朝。 酷い気分のまま迎えた召喚実施日は、やけに快晴だった。 まず僕が用意した魔方陣を教諭が使い、異変が無いか確認してもらうところから始まった。 何事もなく先生による燐蝶の召喚が終了した後、僕も同じ魔方陣で召喚に入った。 ゴクリ… 門が繋がってから召喚までに、やけに時間がかかった覚えがある。 それでも魔方陣内に現れた、青い蝶。 半透明の蝶はちらちらと燐光を落としながら、その場でゆったりと羽ばたきを繰り返していた。 そして。 5分経過しても魔物に異変は見られなかった。 ただ、手に止まるように指示を出しても、何事もなかったかのように佇まれたのには少し焦った。 仕方なく自分から手を近づけると、蝶の魔物はフラフラとそれを避けた。 そしてなぜか僕の頭の上に止まったらしい。 蝶が視界から消えて慌てたが、外部研究者の誰かから「頭に乗っただけだ。そのままじっとしていろ」と声を掛けられる。 そこで僕は仕方なく魔物を頭にのせたまま、いくつか簡単な命令を出した。 今度はすんなり指示に応じてくれたが、先生が召喚した時と比べるとワンテンポ反応が遅い気がした。 技術とか経験の差なんだろうか? そうやって、もう10分ほど様子をみた。 結果。 その日、異変が起きることはなく、召喚は無事終了したのだった。   そして何故か、それ以降の召喚でも異変が起きることはなかった。 何度か調査のための召喚が行われた後、学校側は「一時的で限定的な事象だった」と判断し、召喚行為の制限も取り払われた。 ただ念のためと他生徒への配慮のため、僕の2年次の召喚術は個別授業となったけども。 「y君おまたせしました…!」 (中略) (この後、作者的にとっても面白いシーンが来るんですが、少々核心に触れる場面なので、中略としました…)

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