19 / 28
第19話
サラ……、パラ…サラ……
ベッドに寝かされた僕の髪を確かめるように触る、白く美しい指。
だが指の持ち主は眉間にしわを寄せ、依然厳しい顔をしている。
汚れはすっかり落ちたというのに。
「何故、私を呼ばなかった」
髪を見つめたまま魔物がポツリと呟いた。
「え?」
「…最初の日に言っただろう。契約を結ぶ気がなくても、何かあれば呼べと」
(そういえば、そんなこと言われてたな…)
ただ花達に襲われてからはいっぱいいっぱいで、全く思い至らなかった。
正直にそう打ち明けると、魔物は僕の目を覗き込んでガッチリと視線を絡ませた。
「いいか、もしまた何かあったら、次は必ず私を呼べ。
絶対に忘れるな…!!」
「は、はいぃ」
念を押すように僕をギラリと睨みつけた後、ペリドットの瞳はまた視線を彷徨わせた。
「…お前が早く私を呼んでいれば…いや、私がもっと早く気づいたら、そもそもあの空間を外に作っていれば…」
そうこぼしていた魔物は僕の首元を見止めて、なぜか眉間の皺を深くした。
「お前をあんな目に遭わせることはなかったのに…」
魔物はそのまま僕の首を見つめながら、指先でそっとそこを撫で続けた。
表情は変わらず険しいままだが、先程よりは雰囲気が凪いだように見えなくもない。
だがその内側では重暗い感情が渦を巻いているのではないか、と僕は思った。
そう感じたのは、たぶん自分も似たような思いをしたことがあるせいだろう。
魔物の様子は、過去の自分を…安易に考えた結果、2度目の死の引き金を引いた自分を思い起こさせた。
――この魔物は今、深く後悔している。
僕が酷い目にあったことに対して自責の念を抱き、心苦しく思っている…
これは間違っているかもしれないし、自分がただそう思いたいだけかもしれない。
魔物の方も単に管理体制の不備があったことを悔やんでいるか、僕の魔力の心配をしているだけかもしれない。
けれど。
”力のない者は好き勝手に弄ばれ搾取されるのが、摂理”
自分自身でさえ、そうやって仕方のないことだと思おうとした温室での出来事。
それを多少なりとも憂いてくれる存在が、目の前にいた。
その事実に、僕は胸がいっぱいになってしまった。
契約を結ばせるための演出かもしれない、と理性は諌める。
それでも感情は溢れ出して、止まろうとしなかった。
「!? っお、おい、どうしたんだ?痛むのか?思い出して恐ろしくなったのかっ?」
「…っだ、大丈夫です。なんでもな」
「ないわけ無いだろう。…確か人間は触れ合うことで、不安や恐れを緩和したりするのだったな…」
そう言って魔物は、僕をゆっくりと抱きあげて寝台の少し奥へと横たえた。
そして今度は自分もベッドに潜り込む。
その行動に何度か寝かしつけられたことを思い出すが、今回はなんだか密着度が高い気がした。
不思議に思っていると、壮麗で気高い自称・領主様は次のように仰った。
「光栄に思えよ。人間風情が私を抱き枕にできることを」
しかも、ドヤぁという効果音まで背負っていそうな言い様である。
…これはどう解釈しても、全人間風情が困惑必至な現象であった。
「え、あの、いや」
「ほら遠慮するな、私をコケにする気か。お前には休息が必要なのだから、早く眠れ。」
と魔物は自称・抱き枕のくせに、僕を抱きしめながら眠りを促した。
(わ……こ、こんな風に抱きしめられるのなんて、いつぶりだろ…)
初等学校の2、3年生以来だろうか。
滅多にない他人との密着具合に戸惑い緊張し、ついモゾモゾしてしまう。
しかも相手は自称・月桂樹の魔物であらせられるのだ。こんな状態で寝れる訳がない…
そう思っていたが、慣れるのは自分でも意外なほど早かった。
(…この人、なんか森みたいな香りがして、落ち着く…)
例の馴染みのあるようなホッとする感じも、香り由来だったりするんだろうか…?
そんなことを考えていると、フワフワとした眠気がやってきた。
しかもそいつは悪いことに、僕の遠慮や自制心を遠くへ追いやってしまう。
虫けらのように蹂躙された心と体の震えは、まだ止まっていなかった。
誰かに縋りつきたい欲をずっと訴えていた。
そしてとうとう僕はそれを抑えられなくなって、おずおずと枕に抱きついた。
すると応えるように背中に回った腕が揺れ、ひんやりとした手が優しく背をさすってくれた。
(木の、ゆりかごみたいだ……)
魔物の腕の中は、悔しいくらいに安心できる場所だった。
自然とせり上がってきた雫を隠すように、僕は彼の胸に顔をうずめた。
そして眠りへと沈み込んでいった。
"うわっ、爆殺狂だ"
"ッ最悪……!朝から見かけるなんて…"
"あれが噂の魔物ボマー?"
"見た目はフツーなんだな。もっとイっちゃってる感じかと思ってた"
"でも全然そう見えないのも、逆に不気味だな…
召喚した魔物を爆発させたとかさ…"
2年時の召喚術の実践授業の結果、僕には様々な呼び名ができた。
でもそれらは全て、異常犯罪者へ与えられる蔑称のようなものだった。
"そういえば明日、原因調査のために召喚するらしいよ。"
"マジかよ。また爆発させんのかねー?"
処方してもらった薬で、無理やり眠りについた翌朝。
酷い気分のまま迎えた召喚実施日は、やけに快晴だった。
まず僕が用意した魔方陣を教諭が使い、異変が無いか確認してもらうところから始まった。
何事もなく先生による燐蝶の召喚が終了した後、僕も同じ魔方陣で召喚に入った。
ゴクリ…
門が繋がってから召喚までに、やけに時間がかかった覚えがある。
それでも魔方陣内に現れた、青い蝶。
半透明の蝶はちらちらと燐光を落としながら、その場でゆったりと羽ばたきを繰り返していた。
そして。
5分経過しても魔物に異変は見られなかった。
ただ、手に止まるように指示を出しても、何事もなかったかのように佇まれたのには少し焦った。
仕方なく自分から手を近づけると、蝶の魔物はフラフラとそれを避けた。
そしてなぜか僕の頭の上に止まったらしい。
蝶が視界から消えて慌てたが、外部研究者の誰かから「頭に乗っただけだ。そのままじっとしていろ」と声を掛けられる。
そこで僕は仕方なく魔物を頭にのせたまま、いくつか簡単な命令を出した。
今度はすんなり指示に応じてくれたが、先生が召喚した時と比べるとワンテンポ反応が遅い気がした。
技術とか経験の差なんだろうか?
そうやって、もう10分ほど様子をみた。
結果。
その日、異変が起きることはなく、召喚は無事終了したのだった。
そして何故か、それ以降の召喚でも異変が起きることはなかった。
何度か調査のための召喚が行われた後、学校側は「一時的で限定的な事象だった」と判断し、召喚行為の制限も取り払われた。
ただ念のためと他生徒への配慮のため、僕の2年次の召喚術は個別授業となったけども。
「y君おまたせしました…!」
(中略)
(この後、作者的にとっても面白いシーンが来るんですが、少々核心に触れる場面なので、中略としました…)
ともだちにシェアしよう!