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第21話

精神の不安定さはなかなか回復しなかった。 なんとなく不安に襲われたり、突然恐怖がぶり返したり。 水以外でも服や布が触れた感触を、蔓が体を這う感触と錯覚し取り乱してしまう事もあった。 特に酷かったのは、眠りから覚める時だ。 自分がどこにいるかわからなくなり、まだあの花に捕まっていると思い込んで何度もパニックに陥った。 そんな僕を煩わしく思う素振りもなく、魔物は根気よく相手をしてくれた。 僕が不安そうにしているのを察知すると、何も言わず手を握ってくれた。 フラッシュバックを起こして恐怖に怯え、暴れる僕を包み込むように抱きしめてくれた。 そうして収まるまでずっと声をかけ、魔界の話などをしながら背中をさすってくれた。 寝る時も未だに添い寝し、起床時はタイミングを見計らってカーテンを開け、日光で部屋を十分に明るくしてから声をかけて起こしてくれる。 (うう…、こうやって心理的に依存させる手口なのか?) ついそんなことまで邪推してしまうくらい、魔物は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。 いつだったか、ぽつりぽつりと自分の不安や気持ちを魔物に吐き出したことがある。 その流れで、 自分の世話は負担ではないのか、迷惑になっていないのかを魔物に尋ねていた。 「私は人間とは違う。この程度のことは、全く負担にも迷惑にもならない。」 僕の不安を断ち切るように、魔物はキッパリとそう答えた。 「ただ…  私では、お前の境遇や感情に共感や理解はあまりしてやれないだろう。  こうして悩みや不安を聞き出せたところで、それがお前の回復の糧になるのかも分からない。  私はお前と同じ人間ではなく、魔物だからな…」 歯がゆそうに続けられた言葉は、意外なものだった。 伏せられた白い睫毛が、いつもは威風堂々と輝くペリドットにも、影を落としている。 「だが…  脆弱な人間とは違うからこそ、受け止めてやることはできる。  お前たちの手には負えない数多の問題も、人間では支えきれない過重な負担も感情も。  前にも言ったが、私には文句でも何でも存分に言ってくるがいい。  ……ぉ、お前にはそれを、っ許してやろう」 しかし領主様はやっぱり領主様であった。 尊大な物言いも、自動付帯してくる誤作動も。 そして、そんなものがこんなに自分の胸を温かくさせるなんて、思いもしなかった。 今まで僕は、周りに迷惑をかけたくなかったから、大抵のことはなるべく1人で対処してきた。 自分にとってはそれが当たり前だったし、それでなんとか”大丈夫”にしてきた。 それに精神的な不調は、結局は自分の問題だから自分一人で解決するものだと思っていた。 (でも、一番の理由は怖かったからだろうな…) 自分が話したり頼ったことで、相手に負担を与えることが。 そして何より。 頼った相手から拒絶される様を想像してしまうことが。 そういうことを気にするより、我慢したり調べたりして自分で何とかした方が楽だったから、ずっと避けてきた。 だから、知らなかった。 (こんな風に寄り添ってもらえるだけでも、全然違うんだな…) 苦しい時に誰かに側にいてもらったり、支えてもらえること。 その事実にくすぐられた心には、こそばゆさと安心感が広がっていた。 「……、………」 確かに魔物と人間の対話じゃ、人間同士のカウンセリングほどの効果は生まれないかもしれない。 けれど、それだけが重要ではないのだと、僕はひしひしと感じていた。 彼の献身的とまで言える看病に、僕の心も少しずつ落ち着きを取り戻していくことができた。 (間違っているかもしれないけど…) ここのところ四六時中一緒にいたおかげで、僕はようやく彼に覚える既視感の正体を見出せていた。 「あのL様…、質問したいことがあるんですけど…」 「なんだ?遠慮なく言ってみろ」 そう言って軽く顎で促した仕草は相変わらず偉そうだったが、どこか優雅さも感じられた。 「あ、ありがとうございます。  その、僕の召喚は3回目以降からはなぜか、何事もなくできるようになりました…  1、2回目と同じ魔物もです…。  L様はこの理由をご存じだったりしますか…?」 自分の魔力の特殊性と危険性を、僕は既に身をもって思い知らされた。 そのため”500倍の魔力”は限りなく真実に近いと思っている。 まだ幻術説を否定できないので、確定ではないが。 ”過大な魔力に耐えきれず、身を滅ぼした” 僕の魔力が魔物にとって特別であったなら。 以前彼が言っていたように、弱い魔物達は僕が死なせた彼らと同じ末路を辿るはずだった。 この疑問もあって、魔物の言ったことを嘘だと思っていたのだ。 その質問で、魔物は初めて動揺を見せた。 「っ、それは、だな…………」 (…ん?あ、あれ…?眉間のシワがすごいことになってる…) ぁ…、え…、そ、そんなに!? そんな峡谷みたいになるほど、触れてはいけない事だったのか…!? 「あ、あの!言いづらいなら、やっぱりいいで」 「駄目だ。…い、いや大丈夫だっ!  契約を結ぶには互いに信用を得なければならない。  最低限の情報は開示すべきだし、私にはそれを行う用意がある…、  ある、んだ………!」 魔物はなんとしても話すと意気込んでいる。 しかしその気合いを言葉に変換するのは難しいようで、何度も言い淀んでしまっていた。 「…、…………」 自分が3回目以降に召喚した魔物達。 青い蝶、灰緑色のリスなどの小動物型の魔物、小型のスライム、蛇型の魔物… 個体や種類が違っても、彼らには (中略) (この後も、めちゃくちゃ楽しいシーンが来るんですが、核心に触れるので中略としました!)

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