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第22話
※中略後
(まあ、”500倍の魔力”なら手間暇かけるか…)
いくつかの信憑性が高い情報が得られた現在。
当初想定した「自分は単なる召喚契約を結ばせるカモ」という可能性は低いと見積もっていた。
僕の特殊な魔力を得るために契約をしたい…という魔物が当初語った話もおかしくはないと思っている。
(記憶操作や、かなり強力な幻術で認識を歪ませている可能性も、無くはないけど…)
だが記憶操作は幻術よりさらに高度であり、記憶の認知を歪ませるほどの術は対象の脳への負荷もだいぶ大きいはずだ。
使い物にならなくなるリスクもあるため、積極的には選ばない選択肢だと思う。
なにより500倍の魔力が事実だった場合が最悪なので、まずはこれを「真」と仮定して考えていこう。
(ただ逆に、悠長過ぎる気もするんだよな…)
僕が魔物の立場だったら、”500倍の魔力”を持つ生物なんて何としても早急に確保したいと思う。
リターンも魅力的だが、それ以上に他の者の手に渡った場合のリスクが恐ろし過ぎるからだ。
見張っていたとはいえ、1年も待つだろうか。
確保の手段だって、速度重視となりあまり選んでいられないと思う。
「………、…っ…」
(精神的、肉体的に追い詰められたり、暴行を受けてたら…
自分はあんまり、耐えられなかっただろうな…)
なぜあの魔物は、”そう”しなかったのだろう。
そもそも、これだけ力量差があるのだ。
召喚契約なんて言ってないで、隷属契約でも無理やり結ぶことだって出来そうなものなのに。
「………」
”ここまでの一連の出来事も、僕を契約に導くためのもの”
ふと、そんな考えが頭をよぎることもあった。
これは流石に馬鹿げた疑心だと思う。思うけども、その一方で強く否定できない自分もいる。
(僕だって個人的には、魔物のことを信じたい…)
現在進行形で献身的に世話をしてもらっている身としては、どうしてもそう思ってしまう。
しかし。
かの魔物が人間を食い荒らしに行かないという保証は、まだどこにも無いのだ。
自分が安易に彼を信用すれば、家族や先生、そして多くの人に凄惨な不幸をもたらすことになるかもしれない。
(…………っ)
「少しいいか?」
思い悩んでいた僕に、件の魔物が声をかけてきた。
ちなみに彼に信用されていない僕は現在、常に自称L様の側に置かれる羽目になっている。
今日は書斎の机で魔物が何か丸い物をいじっている傍ら、僕はソファーに座って本を読んでいた。
「これに触れてみろ。なるべく真上の中心部分に。ああ、触れる時は目を閉じろ」
立ち上がって近づいてきた僕に差し出された白い手は、手のひらサイズの水晶玉のようなものを掴んでいた。
「何ですか、これ?」
聞けば魔力を保管する用具を少し細工した物らしい。
机の上の籠にも、似たような水晶玉がいくつか入っていた。
ざっと見たところ透明な水晶玉が多かったが、なぜか内部が曇っている球も数個あった。
すでに魔力が保管されている状態なのだろうか。
「あ、待て。念のために音も遮断しておくか。すぐ戻すから心配するな」
制止の声を上げる間もなく、魔物が僕の耳に触れた。すると、一切の音が聞こえなくなった。
視覚はおろか聴覚まで遮断することに疑問を覚えたが、言われた通り目を閉じて指先でちょこんと触れてみると…
(ん?魔力が流れてく…?あれ?)
魔力の移動を感じた直後、水晶玉の感触が指先から消えてしまった。
目を瞑ったまま戸惑っていると、耳に触れられ「もういいぞ」と心地良い低音が聞こえてきた。
それに目を開くと、先程までそこにあったはずの水晶玉は魔物の手の上で粉々になっていた。
「え…?割れたんですか?」
「ああ。これでもダメだった…」
彼は少しがっかりしたように、破片を手から側のバケツの中に落とした。その手には傷一つない。
割れた際に破片は飛ばなかったのだろうかと思ったが、玉に触れていた人差し指にも痛みはなかった。
どうやら魔術を使っていたらしく、破片は全て白い手の内に抑え込まれたらしい。床にも飛び散った形跡はなかった。
「いきなり済まなかったな。どうしても事前情報無しでの反応を確認したかったのだ…」
聴覚まで遮断したのは破裂する可能性があったため、僕を驚かせないための配慮だったらしい。
(むしろ、いきなり耳を聞こえなくされる方が驚くんだけど…)
と思いながらも、一応お礼を言っておいた。確かに自分は人よりビビりかもしれないので。
(それにしても、事前情報無しで試したかったのはなぜだったんだろう…?)
一体何の実験だったのか、魔物に尋ねた。
「ああ、これはお前から魔力を採取するために作っている器具だ。
何も意識せずとも、魔力がこの器具内に誘導されるように加工している。」
触れると少量の魔力が自然に流れ、容量がいっぱいになったら自動的に採取が停止される、はずだったらしい。
実は温室での出来事の後、1日おきに行われていた魔力搾取はなぁなぁになっていた。
原因は僕の精神状態が不安定だったため、例の毒薬を飲ませることを魔物が憂慮したからだ。
そのため、魔力搾取はしばらく話題にさえ上げられることがなかった。
むしろ僕が、後でまとめてハードな回収が行われたら大変だと思って聞いたら、
「バカなこと言ってないで回復に専念しろ!」
と怒られたくらいだ。
まあ、僕自身もあの薬を何事もなく飲める自信はなかったので、助かっている。
「吸引力を最小限に抑えて作ったんだが…。やはり手動で調整しながらでなければ、難しいようだな…」
「手動?」
「ああ」
頷いた魔物は曇った水晶玉を掴み上げた。
「これには以前お前から搾取した魔力が入っている。搾取と同時に、私が量を調整しながら容器に入れていたものの一つだ。」
「え、そんなことしてたんですね…。全然気づきませんでした。」
「私には”見えない手”のようなものがあるからな。気づかないのも当然だ。」
フフンと少し誇らしげに言った魔物は、偉そうというよりなんだか可愛げがあった。
(あれ?でもなんで僕の魔力を、わざわざ容器に入れておくんだろう?)
力を得るためにだったら、容器になんて移さずにそのまま自分の身へ取り込んでしまえばいいと思う。
やはり多すぎると副作用があるからか?
それとも1日置きの搾取だったから、その休息日用とか後で取り込むため?
ああ、貯蔵用にという手もあるか。有事の際の兵糧兼強化薬のような感じで使うとか。
まあ、自称L様が魔界で無双するために使うくらいなら、目を瞑っても大丈…
(…いや…ちょっと待て……)
いつか聞いた先生の解説が、ふっと蘇る。
”魔物は魔界由来の魔力しか持たないので、魔界との差異が大きいこの世界には干渉できないのです。”
「………、…、…ッ!!」
サーッと血の気が引いたのが分かった。自分は相当呑気で馬鹿だった。
(僕の魔力は、魔界由来のものじゃない!!)
通常、召喚等によって魔物が得た人間の魔力は、魔物が魔界に戻れば魔界の魔力にすぐ同質化されると言われている。
だが。
(魔力の保管…!!あの保管容器が、どれほどの性能の物かは分からないけど…)
もし僕の魔力を魔界の魔力へと同質化させずに、人間の世界の魔力として保管・貯蔵できるとしたら。
そしてそれが、魔物達にとって”500倍の魔力”だったとしたら。
「…………………」
今までの比でない災禍が、人々に降りかかるのではないか――
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