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第23話
「どうした?何を不安に思っている?」
一人勝手に狼狽えて青くなっていく僕を、白緑の魔物は慣れた様子でズイッと覗き込んできた。
流れるように手を握られ、ソファーに座るよう誘導される。
手と隣から伝わってくる、ひんやりとした体温。
静かな労りが感じられるそれらに、僕はつい口はおろか心まで緩ませてしまった。
自分に寄り添うその相手こそが、不安の元凶であるというのに。
「……その保管容器に入れた僕の魔力は、魔界の魔力に同質化しなくなりますか…?」
一つ堰が切られると、問いに擬態した恐れがぽろぽろと口をついて出た。
「…L様は、その保管した分も含めて…僕の魔力をどう使うつもりですか?
人間の世界に行くことにも使いますか…?」
「……………なるほど、そういう懸念か」
魔物はじっくりと僕を見つめた後、合点がいった様子を見せた。
そして、さらりと答えた。
「お前の魔力は主に、希少種の保全や研究に使おうと考えている」
「希少種…?研究…?………え?」
予想だにしなかった単語が突然現れ、僕は混乱した。
僕の反応を見て魔物は「順番に答えてやろう」と言い、例の水晶玉を一つ手に取ってきた。
「まずこの保管容器だが、これは魔力誘導以外の加工は施していない。
よって、これに入れた魔力は通常であれば魔界の魔力へ同質化される…が、」
ああ、よかった…!
そう安堵してしまいたかった。
だがそれはまだ早そうだ。僕は固唾をのんで続きを待った。
「同質化させずに保管することも可能だ。すでにお前はそれを体験している。」
「え…?」
”体験している”…?
一体どういう事なのか。首を傾げた僕に魔物は早速答えを教えてくれた。
「この亜空間はお前の魔力をもとにして作り上げた。この■■の■■■に■た魔力を用いてな。」
「!!!」
(そ、そうか、■■■■の■■分の魔力…!すっかり頭から抜けてた…)
えっと、■■■■時間×4×12×500×平均使用魔力量だから…
「…、……、…………、」
…もう、とにかく途方もない量だということだけは分かった。
頭を抱え出した僕を伺いながら、魔物は話を続けた。
「お前は、魔界が人間の死地となる原因を知っているか?」
(えっと、確か……)
人間を死に追いやるのは魔界の魔力そのものではなく、その魔力に影響を受ける魔素が原因と考えられている。以前読んだ本にそう書かれてあったはずだ。
「ああ、その通りだ。だからこの亜空間を構成する魔素は全て、お前たちの世界の物質に近い状態を保つように固定化している。」
亜空間内の魔素が魔界の魔力の影響を受けないように、受けたとしても人間に害を及ぼさない程度に。
そういう状態が保たれるようにしてあるそうだ。
しかも僕の魔力を使って作り上げられたこの亜空間は、人間の世界の魔力で満たされているらしい。
「そして、万全を期すために魔界の魔力も製作段階から一切遮断している。
…この亜空間はお前が危惧している、人間の魔力を”魔界の魔力に同質化させずに保管する”という機能を備えているのだ。」
「…………」
(…、…ぇ…な…、あ、ああああああああああ………っ!?!)
この時点で自分はキャパオーバーになった。
なのに魔物は、さらに追い討ちをかけるような話までし始める。
「魔力が同質化する理由は知っているか?」
「っ?……え、えっと、魔界特有の魔力に影響されてではないのですか…?」
首を横に振った魔物は、その理由を解説してくれた。
曰く、魔力が同質化するのは安定を求める作用が働くからだそうだ。
もっと言うと、魔力はその場での多数派に同調したり同じ性質になりたがるらしい。
(なんか、人間と似てるんだな…)
そんなことを思いながら自分の理解が正しいかどうか、教えられた内容を整理して口に出してみる。
「…つまり魔力の同質化は魔界特有の現象ではなくて、魔界では単純に魔界由来の魔力の方が多いから、そっちに同質化すると…」
「そうだ。まあ、同質化の速度や影響度合いは魔界が群を抜いているだろうがな。」
そこで話はこの亜空間の事に引き戻された。
「私の出入りの際には、この亜空間にも魔界の魔力が多少入ってきてしまう。
だがここに満ちているのはお前の魔力だ。よってそれらは自動的に、ここでの多数派であるお前の魔力に同質化されていく。
観測もしたので間違いない。流石に魔物に力を与える特性まで持つことはなかった、が…」
「……、……」
目の前の魔物ですら、魔界で人間が長期間留まり続けた記録や情報は見つけられなかったそうだ。
だから僕を迎える上で、考えられる対策を全て施すしかなかったらしい。
そう言って、先程から気まずげに目をそらしている魔物は説明を終えた。
(ということは………)
僕の安全を最優先して設計されたこの亜空間。
魔界の魔力が遮断されているだけでなく、入ってきた魔力も僕の…人の魔力に同質化される。
つまり、亜空間そのものが、人間の魔力の保管兼増幅装置。
何気なく過ごしていたこの空間自体が、一番危険な代物だったということだ。
※作中の■■部分は、中略部のネタバレ防止のマスキングです。
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