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第24話

(…あ、あはは、はは……) もう、乾いた笑いしか出てこない。何と言うか、卒倒しそうだった。 魔物が言ったことの真偽は分からないだろ! 幻術説だってまだ捨てるべきじゃない! それにまずはこの危険過ぎる想定に対して対策を考えるべきだ! 理性から叱咤の声が続々と上がってくる。 でも僕はもう、何も考えられなかった。 「…………」 (こんなのむしろ、幻術であった方が救いがあるんじゃないか…?) 真っ暗な夜の断崖絶壁。 先細る道も、足元さえも定かではないそこに取り残されてしまった気分だった。 留まっても、進んでも絶望が待っている… 本当に、どうしたらいいか分からなくなってしまった。 「…お前は自分の魔力によって、魔物が人間の世界へ行き、危害を加えることを恐れているようだな。  だが、私は他世界へ行くつもりもないし、他の魔物にもそれをさせる気はないぞ。」 「!?!ッ」 ふいに、魔物がそう言い放った。 それはまるで、闇を照らす月のような言葉だった。 あぁ、そのまま信じてしまいたい……そう心がグラリと揺れる。 「…っ………、……ッ…」 ダメだ…、感情に流されるな…… ”火の海と化した国、魔物が跋扈する都市、一飲みに食われていく人間、魔力や精魂を根こそぎ奪われた屍の山…” (思い出せ…!自分が引き起こす可能性がある地獄を……!) 拳を握りしめて、僕はなんとか理性にしがみつこうとした。 「しかしそうは言っても、その根拠や証明できるものは無い。  私の言葉をどう捉えるかは、結局お前が考え判断するしかない。」 そんな僕の葛藤などつゆ知らずといった様子で、魔物は淡々と事実を述べた。 「!、っ、そうですね…」 意外なところからやって来た思わぬ助け舟。 僕はそそくさとそれに乗り込み、なんとか冷静さを取り戻そうと呼吸を深くした。 その様子を少し不思議そうに見てから、魔物は思い出したように呟いた。 「……だが判断材料なら、もう少し与えてやれるかもしれない」 「ちょっ、ちょっと待って、待ってください!ナチュラルに人の神経いじらないで!怖いです!!」 魔物が言った判断材料とは、僕の魔力の主な使用目的である希少種の保全や研究についてだった。 「見てみるか?」と問われ、頷いた僕の目元になぜか白い手が触れてくる。 「?見学に行くんじゃないんですか?」 「違う場所にいる私の分身体の研究室を見せようかと思ってな。視覚を共有するためにお前の視神経と私の…」 さも当たり前のように魔力を込め始めた手から、僕は慌てて逃れた。 「ちょっ、ちょっと待って、待ってください!ナチュラルに人の神経いじらないで!怖いです!!」 この魔物には、下々の意思など存在しないかのような行動を取るところがあった。 僕へはだいぶ気をつけているようだが、それでもふとした拍子に出てしまうようなので油断は禁物だ。 (耳の時もそうだったけど、普通に怖いから止めてほしい。) 神経をいじる技量の方はあまり心配していないが、気軽にいじられるのは生理的に受け付けられない。 「そ、そうか…」 本気で怖がった僕に、魔物は気まずげに答えてから少し思案する様子を見せた。 「映写もできるが、直がいいならば…」 魔物は僕に保護魔術や魔力の漏出防止術を掛けた後、書斎の扉を見学場所へと繋げてくれた。 彼に続いて書斎の扉をくぐった先には、薄暗い栽培室のような部屋が広がっている。 その暗がりに浮かび上がっていたのは、水槽…みたいなものだった。 「ここは、現在の魔界環境では生育が難しい動植物の飼育室だ。  ここにいる魔物達はどれも、他にはない生体機能や特殊能力を持っている」 飼育室には幅1メートル位、高さは魔物の背より少し高いくらいの棚が、3列ほど設置されていた。 その棚の収納部分には、水槽をはめ込んだように区切られた空間が並んでいる。 立ち並ぶ空間は、大きさや明るさが個々に少し異なっているようだった。 そして、その内部では植物や昆虫位の小さな生き物が暮らしていた。 「ッ!?!」 (っあ、あれって100年以上も目撃されていない、[[rb:玉鋼蜘蛛 > ぎょくこうぐも]]じゃ…!) その青みを帯びた濃灰色の蜘蛛は、強靭さと高い伸縮性を兼ね備えた糸を出す事で知られている。 しかも上位個体にもなると、魔術と糸の張り方を組み合わせて簡易的な亜空間を作れるらしい。 青鈍色の短毛に覆われた体は、ベルベットのような光沢を放っていて美しかった。 (す、すごい…!挿絵しかなかった古い種までいる…) 玉鋼蜘蛛以外にも、自分も知っている位のレアな魔物達もちらほら見かけた。 さらには図鑑で見た絶滅危惧種、教科書ではすでに絶滅種していると書かれていた動植物までいた。 「……、………」 チラリと目をやった飼育棚が置かれていない壁際には、机や本棚が置かれていた。 机の上はざっと整理されていたが、書きかけの紙や筆記具なども転がっている。 それは記録を取るのに日々使われているのだろうと、想像できる様相だった。 本棚にも本であったり、記録綴りのようなものが詰まっている。 (ほ、ほんとに種の保全とか、研究をしてるんだ…) 魔物が家畜以外の飼育や研究をしている話なんて、聞いたことがなかった。 だから絶滅種や希少種の研究、しかも保全活動をしているなんて正直なところ半信半疑だった。 驚きのまま僕は、飼育室の管理者に質問した。 「…あの、どうして他の種の保全や研究をしているんですか?」 そこで考える様子を見せた魔物は、少しして逆にこちらに問うてきた。 「お前たち人間は、私の…”L”の本体、本性を何だとみている?」 強い魔物の中には、本来の姿とは別の姿をとって暮らしている者もいる。 ”月桂樹の魔物”もそうだと言われているが、分かっているのは人型もとるという事くらいだけだ。 本来の姿についても、ドライアドの上位種だとか湿原内の巨木の一つではないかと推測されていた。 「まあ、そんなところか。  …私は本体の生態上、防御や伏撃…待ち伏せ攻撃は得意だが、機動力のある攻撃や先制の攻撃手段が限られている。」 「っ!!?」 (え、ぇ、え…!こ、これ、聞いてもいい情報なのか…!?) 目の前の魔物は、まだ”自称・月桂樹の魔物”の域を出ない。 だが本物だったら、もの凄く貴重な証言である。 あの月桂樹の魔物の生態情報など、研究者おろか一般の召喚師だって垂涎する情報だ。 僕はゴクリと生唾を飲み込んで、続きを待った。

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