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第25話
「それを補うため、翼を持つ種や機動性が高い攻撃手段を持つ種に、住処や貴重な物資の提供・融通をしてやっている。
始めたのはだいぶ大昔の事だ。」
住処を与えるというのは割と聞く話だった。領主の中には、人間社会で言う「住民税」を取り立てている者もいる。
だが、それを軍備補強の手段として行っているケースは、初めて聞いた。
「私が提供する住処や物資が無くなれば、困り果てる者達が大勢でる。
今では湿原以外にもそういう者達がいるほどだ。
翼有種らをはじめそういった者達は、湿原や私に何かあれば全力で戦わざるを得ない。
稀少な能力などを持つ種族の保護も似たような理由だ。」
絶滅するような一見弱い種族でも、生き残るために珍しい力を持っている者もいる。
製作の難しい薬や機具の材料になることもある。
「私は強弱だけでは計れない利用価値、存在価値があると考えている。
生きる力自体は弱くとも、その事実に流されることなく生きようと努める者達。
たとえ劣弱な存在であろうとも、私はそういう者らには、好感を覚える…」
たとえ実を結ばずとも、その姿勢、気高さには敬意を払うべきだとも思う。
その先にしか、思わぬ変化や進化は起こりえないのだから。
遠くを見るような眼差しで研究動機を語った白緑の魔物は、そう言って話を締めくくった。
そのどこか慎ましさを帯びた横顔を見つめながら、僕は見学を始めてから気になっていたことを尋ねた。
「…あの、湿原の生態系があれだけ豊かなのも、L様が管理しているからですか?」
「ああ、その影響はあるだろう。
”戦力”となる者達が暮らしやすい、より良い住環境となるよう配慮しているからな。
それに、生態系が豊かなことは私にとっても色々と得があるのだ。
…思わぬ恩恵も受けたしな」
と僕を見て最後に言葉を付け足した。
「そういった事情もあって、私は魔界が波立つ状況になることを避けたいと考えている。」
人間を喰らい力を付けた魔物達は、魔界でも暴れまわる事となる。
魔界の勢力図が変わり得るきっかけが生じることを、魔物は望んでいないのだという。
「多少湿原に火の手が及んでも、私自身が困ることはないだろう。
だが、せっかくこの手で整えてやった豊かな地を、荒らされるのは不快でしかない。」
魔物はそう言って少し眉をひそめた。
そして独り言のように不可思議な内容を付け加えた。
「武器も道具も使うために揃えるものだ。
が、かと言って意味なく消費してしまうのは、私も惜しいと思う。」
「?…」
(武器、道具……
もしかして、”戦力”となる魔物や、保全研究している魔物達の事か…?)
意味なく消費してしまうのは、惜しい。
湿原の環境と同じく、手間暇かけて揃えてきた”戦力”や研究成果を、無駄に使い潰してしまうのはもったいない。
そんな感じだろうか。
(…じゃあ、あれは…?)
「ッ、…………」
思い出したくない出来事の中で、少し引っかかっていた事があった。
白緑の魔物を、親のように慕う様子を見せた花の魔物。
今更だけど、あんな風に切り捨ててしまってよかったんだろうか。
彼は後悔していないのかと、心のどこかで自分はずっと気にかかっていたらしい。
「…ぁ、あの…、僕が迷い込んでしまった植物園の、あの花は…枯らしてしまってよかったんですか?」
僕の質問を受けて、魔物は驚いたように目を見開いた。
それからこちらを探るようにじっと見つめた後、口を開いた。
「…あれは希少種や絶滅種ではない。
あの花は、元々魔界で自生している植物を品種改良したものだ。
だから問題はない。」
自生している植物の出す毒は依存性が高いため、そのまま僕に摂取させるわけにはいかなかったらしい。
そこで品種改良し、依存性がほぼ無い毒を出す花を生み出したそうだ。
「そうだったんですか…。でも、せっかく品種改良までしてたのに…」
「だがそれが雑草となれば、刈り取るしかあるまい。
大切なっ、作物を荒らすのであればなおさらだ。」
(…な、なかなか的確な例えだな…)
利用価値があっても、利用するために自らが育てたものであっても、不都合になれば即切り捨てる。
そこに葛藤や躊躇は無さそうだった。
そして利用価値やその可能性が見出せない存在は、気にも留めない。そもそも眼中にないのだろう。
"お前はそれらを気にしながら地を歩くか?…潰したことを嘆いてもキリがないはずだ。"
「……」
希少種の保存や環境保全をしていても、この魔物は決して博愛主義者などではない。
生態系維持のため種全体の状態に注意を払う事はあっても、そこに生きる者達に愛着があるわけではないのだ。
”暮らしやすい、より良い住環境となるよう…”
湿原の環境を保全することは、この魔物にとってはインテリアを整える感覚に近いのかもしれない。
”武器も道具も、使うために揃えるもの”
種の保全も研究も、住処や物資の提供も、湿原の環境保全も。
その行動全ては、自身の生存戦略に帰着する。
まさに自分が生き残っていくための、道具であり手段なのだ。
さらにそこに強者ゆえの傲慢さというか、弱者を顧みない身勝手さも持っている。
(僕のことも問答無用で拉致ったし、いきなり耳を聞こえなくしたり視神経もいじくろうとするし…)
その思考と行動には、弱肉強食の世界に生きる魔物らしい非情さが根底にあると言えた。
「……、………………。」
だからこそ僕は、魔物が語った種の保全や研究に関連した話に嘘はないと思った。
それに。
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