26 / 28

第26話

(っ…面白い…。  これだけ強い魔物なのに、かなりしたたかな戦略を取ってるんだ…) しかも、単に力を誇示し従わせるのではないやり方だ。 魔物らしからぬその手法に、どんな風に思い至ったのか興味が湧いた。 (でも僕への接し方とかは、今の話と少し矛盾してる気がするんだけど…) この魔物の思考の根っこ。その一端を、大まかにだけど掴めた気はする。 だが、まだまだ多くの「なぜ?」「どうして?」も積み上がったままだった。 (魔物と人間では生物として根本的に違う…だから理解できない事が多いのは当然…) だから仕方ない。 少し前の自分なら、思考はそこで終着していただろう。 確かに色々と考えを聞かせてもらった今、改めて魔物との感覚や考え方のズレを突きつけられた。 (でも、理解できそうな部分だって全く無いわけじゃない…) 手間暇かけた対象を、無下に扱うことへの抵抗感。 強弱だけでは計れない利用価値、存在価値があるという価値観。 そして、 ”生きる力自体は弱くとも、その事実に流されることなく生きようと努める者達。  たとえ劣弱な存在であろうとも、私はそういう者らには、好感を覚える…” (生き物の持つ可能性…それを感じさせる者が好き……) その嗜好性は、人間が夢や目標に向かって努力する人を尊敬したり応援したくなる気持ちに似ている… そう言えないだろうか。 (この人は、どんな可能性を見出しているんだろう…?) 閉ざされた空間で暮らす、小さな魔物達。 そんな彼らを見つめる、静かなペリドットの瞳を盗み見ながら、ふと思った。 ――その可能性から、一体何を成そうと思うのだろう?   そして何を糧にして、そんな思考に至ったのだろう? ただなんとなく、知りたいと思った。 たとえその答えを理解できなくても、知った先に何も生まれないとしても… 今はただ、そう思った。 ふと目の端を、雪解け後の川のような煌めきが横切った気がした。 そちらに目をやると、柔らかい光が厳重な扉の明かり窓から差し込んでいる。 僕の視線に気づいたのか、魔物はその部屋を案内してくれた。 脱走防止網を捲りぬけた先は、仄明るい温室のような場所だった。 通路以外の場所のそこここで、魔界の植物がのびのびと生い茂っている。 網や膜のようなもので広く空間が区切られているが、こちらは飼育室とは違い、個々の空間内では生育スペースに区切りはないようだ。 おそらく野生での環境を模して生育しているのだろう。 「!」 フワリと舞い降りてきたその蝶は、自分が初めて召喚した魔物に似ていた。 翡翠色の羽ばたきに目を奪われていると、蝶はなぜか僕の肩に止まった。 「魔力は遮断しているはずだが、残り香でも感知しているのか…」 その様子を観察し一人ごちた白緑の魔物へ、僕は恐る恐る尋ねた。 「こ、この蝶ってもしかして…」 「ああ、以前話した”歪み穴”を感知できると言われている”翡翠蝶”だ。」 「ッッ!!?!」 (っぉ、わ、ぁ、ああぁ……!っこ、これが、あの、”翡翠蝶”……!!) 僕が酷く精神不安定だった時、魔物は落ち着くまで僕を抱きしめながら、色々と魔界の話をしてくれた。 その中の一つに青緑色の翅を持つ、かなり長い距離を旅する蝶の話があった。 翡翠蝶と呼ばれるその魔物は、移動の際に感知した”歪み穴”を利用するのだという。 ”歪み穴”は、魔界の恐ろしい自然現象の一つとして知られている。 白緑の魔物によると、高位の魔物であってもその存在を感知するのは難しいらしい。 そもそも危険すぎて、普通は利用なんてできる代物ではないそうだ。 「っこ、こんなに綺麗で儚げなのに、あの”歪み穴”を利用するんですね…っ!」 実際出会えた感動に胸を震わせながら呟くと、研究者は補足説明をしてくれた。 「ああ、だが強靭性が高いわけではない。  察知能力を特化させ、徹底的に危険を回避する生存戦略を取ったのだろう。  ”歪み穴”の利用も、その過程で編み出したのだと考えている。」 そんな翡翠蝶はもともと個体数が少ない種であったらしい。 そして今自分の肩に止まっているその蝶が、確認された中では最後の一匹であり、この個体が死んだら絶滅するところだったという。 「…だった…?」 「ああ。…ほら、もう一匹きたな」 ひらひらとやってきた翡翠色の輝き。 その蝶は仲間を迎えに来たかのように、僕の肩にいた蝶に近づき、戯れ始めた。 そんな2匹の微笑ましい様子を眺めていた僕に、魔物が驚きの研究成果を伝えた。

ともだちにシェアしよう!