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03:我慢したいのに
それが聞こえたのか、マッサージの男は一瞬、手の動きを止める。
「……痛いですか? 首も、結構張ってますね」
「っいたく、ないです……ッ」
むしろ超気持ちいいです。喘ぎそうなくらい。
俺はもうその一言を返すので精一杯で、初めて味わうマッサージの感覚に、ただただ酔いしれる。
「こことか、ごりごりがあるの分かります?」
そう言った瞬間、後頭部の下、首の付け根を親指で指圧されて。
もちろんそこもイタ気持ち良くて、でも、あまりにも急な刺激だったから。
「ひぁう……っ!」
思わず、とんでもない声を出してしまった。
慌てて顔を枕に押しつけるも、時すでに遅し。
どどどうしよう……、最悪だ。
こんな作業服着た、大の男が、裏返った怪しい声出すなんて。
……絶対、引かれた。
自己嫌悪と羞恥心に苛まれる。
だけど俺が思った以上に、爽やか兄ちゃんは、心までも爽やかだったらしく。
「大丈夫ですか? 痛かったら遠慮せず言って下さいね」
そう、優しい声色で囁いた。
「っふ、はい……ッ」
とにかく喘ぐのをこらえたい俺は、必死で声を押しとどめる。
兄ちゃんの容赦ない攻め手はやまない。
まあそりゃあ、それが仕事だから当たり前なのは分かってるけど。
でも、マッサージってこんなに気持ちいいもんなのか?
初めてだから基準が分からないが、この人の腕がいいのは確実だとは思った。
それからしばらくは肩や首を重点的に揉み解される。
気持ち良すぎて喘がないために無意識に力が入って、余計に肩が凝りそうだ。
「杉村さん、力を抜いて下さって構わないですよ」
そんな時、心の声を読まれたような台詞に、少しだけびくりとする。
「……え?」
「痛いなら言って下さいね? リラックスしないと、つらいでしょう?」
視界を遮られている分、落ち着いた低い声が耳によく通る。
すべてを包みこみ受け入れてくれそうな優しい声に、俺は迷う。
マッサージ師になって長いのかな。
なんでもお見通しだと言われている気がする。
……でもたしかに、この人なら、理由を言ったら加減してくれそう。
それに、男同士だし、まだ気心が知れている。
「あ、の……っ」
「はい」
一瞬だけ、躊躇う。
それから俺は、意を決して、けれど小さな声で呟いた。
「声、が……」
「……声?」
「き、気持ち、よくて、声出そうなんです……」
言った…、言ったぞ……!
でも沈黙が怖ぇよ……っ!
言わなきゃ良かった、こんなこと。
やっぱり、気持ち悪かったか、さすがに。
もう、恥ずかしいやら情けないやらで、顔を上げられません。
帰る時このドーナツ型の枕、貸してくんないかな……。
ほんの数秒間の沈黙が、俺には何時間にも感じるくらい、長く思えた。
なんでもいいから、喋ってくれ……。
「……いいですよ?」
「……へ?」
やっと喋ったかと思えば、その言葉の意味が分からず、俺の口から間抜けな声が飛び出る。
「たまにいらっしゃいますよ、声が我慢できない方。なので、大丈夫です」
「えっと、あ、の……っぁあん……ッ!」
……自分に絶句。
『ぁあんっ!』はないだろ……俺。
そして何が大丈夫なんだ兄ちゃんよ!
ギッ、と簡易なつくりのベッドが軋んだ。
どうやら、やつはベッドに乗り上げながらマッサージしているらしい。
……って、そうじゃなくて……!
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