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15:甘ったるい
まさか自分が、同性からこういう表情を向けられる日がくるとは、思っていなかった。
……だけど、でも。
「……しのみや……ッ」
同じ男だからこそ痛いほどに伝わる、四ノ宮の情動。
怯えに似た困惑に、きゅっと肩が竦む。
それでもやつは意に介さず、身体を離そうと伸ばした手首を掴んできて。
湿った吐息が、唇に触れる。
そんなに近くにきたら、俺が少しでも動いたら、当たってしまいそうで。
俺は男が好きなわけじゃないけど、四ノ宮にされることなら──何だって、全然、いやじゃない。
……でも、お前は?それでいいのか?
このまま近づいたら、触れてしまう。
それって、もう、事故とか勢いでは、済まなくなっちゃうんじゃないか。
「──……っん、むぅ……ッ」
内心で動揺しているうちに、ふにゃりと、触れ合う。
さっきまでしていたのとは正反対の、思った以上に柔和で繊細な、小さな子ども同士がするようなキス。
一瞬だけ触れて、離してから、もう一度。
はむ、と唇を啄まれ、今度はふにふにした温かな感触をちゃんと感じる。
指先の皮膚は固いのに、唇は見た目どおりに柔らかく、俺と同じような温度だった。
「……っんぅ……」
もっと乱暴にされるかと思ったのに、やっぱり全然、そんなことない。
うっとりとした、甘えるような声が漏れる。
……もっと、知りたいと思った。四ノ宮のことを。
今日だけで、たくさん、初めての表情を見た。
終始優しくて、でも少し意地悪な声色を、聞いた。
外見は涼しげなのに、意外と体温は熱いことを知った。
かすかに香る四ノ宮自身の匂いを、もっと近くで感じたくなった。
手や唇を重ねるだけじゃなくて……。
もっと、もっと、つまらなくて取り留めのない、色んな話をしたいと思った。
──これで終わりだなんて、イヤだと、思った。
「……っ、」
ゆっくりと、唇が離れていく。
名残惜しくて、つい追いかけそうになるのを、ぐっとこらえる。
でもまだ鼻先が当たるほど顔は近くて、どこか甘ったるい空気に、伏せた目で恐るおそる見上げる。
四ノ宮は、無言のまま。
でも熱っぽい視線でじっと見つめられ、少し照れくさそうに。
柔らかく、微笑む。
あまり見たことのない、年相応な笑みだった。
本当に今さらすぎて情けないかぎりだが、あたたかいおしぼりで身体を拭かれて、身支度を整えて。
ベッドからおりると世界が一変して、ここがどこだったか現実を突きつけられた気がした。
先に四ノ宮がカーテンを開ける。
その瞬間がとてつもなく恐ろしくて、四ノ宮の後ろに隠れるように身を縮めるが、隣のカーテンはもう全開になっていて、他のふたりの姿はなかった。
「──達也さんは先に出られましたよ。外で待っていると仰っていました」
「……あ、あぁ、」
受付にいた店長に話しかけられ、足が止まる。
隠れて悪いことをした子どものようにギクリと背筋が凍りついた。
ど、ど……、どうしよう。
もはや俺たちがナニをしていたかなんて、店長には全部お見通しだろう。
だったら先にこちらから平謝りして、もうここには来ないからどうか通報だけは勘弁してほしいと頭を下げるべきか。
店長と顔を見合わせてから実際には数秒のあいだに、頭をフル回転させる。
たどり着いた結論。まずは誠心誠意、しっかりと謝罪して──……
「──あのっ、申し訳ございませんでした……っ!」
意を決して言おうとした言葉が聞こえ、顔をあげると──目の前で店長が深く頭を下げていて、唖然とした。
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