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第8話※
颯太郎は大学進学とともに、一人暮らしをしようと画策していた。しかし部屋を借りるのに、保証人がいるため源一に頼んで契約書を書いてもらったのだ。もう一切、金銭的援助もしないし縁も切るという条件付きで。颯太郎は正臣から逃れられるなら良いと、承諾する。
よし、あとは正臣にバレずにそっと家を出るだけだとなった時、たまにしか帰って来なかった正臣が家に帰ってくるようになる。そしてノックも無しに部屋に入って来た正臣は、荷物がすっかり無くなっている颯太郎の部屋を見て、一人暮らしする気か、と聞いてきた。
颯太郎は恐る恐る、大学に近い所にアパートを借りたと話した。もちろん、正臣から逃げたかったとは言わずに。
すると正臣はあっさりこう言う。
「あっそう。じゃ、時々泊まらせてもらうわ」
この時、本当に泊まるだけではないということが、正臣が纏う色で分かった。彼はまた強いピンク色と黒を纏わせていたのだ。この頃に気付いた事だったが、正臣の纏うピンクは、青みの強いピンクでマゼンタと言うらしかった。
今まで正臣を回避して、何とか手出しされずに済んでいた。正臣が泊まる時は、颯太郎が出ていけばいいだろうと思っていたら、その考えが甘かった事に気付く。
最初に正臣が泊まりに来たのは、大学が休みの日だった。
正臣が入ってくるなり押さえつけられ、そのまま犯される。しかもそれをネタに、正臣はしばしば泊まりに来たのだ。バラされたくなければ今夜泊めろと。
颯太郎は乱れたシーツを、涙で滲んだ視界でぼんやりと眺める。手首には正臣のネクタイが巻かれ、キツく縛られていた。
後ろの圧迫感がすごい。けれど声を上げるのは嫌で、颯太郎は歯を食いしばるが、くぐもった声がどうしても出てしまう。
「……ったく、いっつも言わないと分からないのか? ほら、声出せって」
颯太郎は四つん這いで後ろを貫かれながら、前も扱かれた。刺激に背中を反らせ首を横に振り、必死で声を我慢する。
すると颯太郎の先端から精液が出てしまい、ビクビクと身体が震えた。シーツにしがみついて耐えると、後ろであーあ、と呆れた声がする。
「またイッたのか? お前が声を上げないと終わらないんだけど?」
正臣は、さすがずっとマゼンタと黒を纏わせているだけあって、ねちっこい攻め方をしてくる。颯太郎が拒めば拒むほど、攻められる時間は長くなるのだ。だからと言って、素直に言うことを聞くのも嫌なので、限界まで耐える。
「いい、から……早く、終わらせろよ……っ」
「……口の利き方に気を付けろよ?」
「うう……っ」
正臣が強く腰を打ちつけた。身の前に星が飛び、ガクンと腕の力が抜けて顔がベッドに落ちる。しかし正臣は止まらず、その勢いで颯太郎を攻め立て笑った。
「ああ……やっぱり颯太郎は可愛いね」
もっと早くこうしておけば良かった、と言われ、冗談じゃない、と思いながらまたやってきた波に飲まれまいと、シーツを握る。
そうして、颯太郎は一晩中正臣に好きなようにされたのだった。
次の日、マゼンタがかなり薄くなった正臣を黙って見送ると、スマホが何かしらの通知がある事を知らせていた。確認してみて、颯太郎は息を飲む。
昨日の夜から、陣が何度か電話を掛けてきてくれていたのだ。様子がおかしかったから、心配したのだろう。
颯太郎は起き上がると、頭がガンガンした。正臣の強い感情にあてられて、結構なダメージを受けたらしい。この状態で混雑する電車に乗るのは無理だと判断して、颯太郎は回復するまで休むことにした。
するとスマホが着信を知らせる。陣からだ。
颯太郎は少し躊躇ったけれど、電話に出る。
『あ、やっと出た。おはよー』
「……何?」
颯太郎はだるくて頭を押さえながら言うと、それはないだろ、と不満げな声がする。
『心配だったから電話したけど、全然出ないからさぁ』
「用事ができたって言っただろ……」
『悪いと思ったけど、深夜に掛けても出なかったじゃないか』
「要件はそれだけか? 切るぞ」
何故出なかったと問われたら、そのうちボロが出てバレそうだったので、颯太郎は無理矢理通話を切ろうとする。ああ待って、と慌てた様子の陣に、まだ何かあるのか、と颯太郎は再びベッドに横になった。すると向こうで笑う声がする。
『いや、電話でもつれないのは変わらないんだなって』
「……」
颯太郎はため息をついた。そろそろ限界だ、と切る口実を探していたら、今日学校来るよな? と陣が聞いてきた。
颯太郎は不覚にも、言い訳が見つからず黙ってしまう。
『……あれ? もしかして来ないつもりか?』
「……体調が悪いんだ。様子見してる」
すると陣は驚いたような声を上げた。
『はぁ? それならそうと早く言えよ』
颯太郎、実家暮らしか? と聞かれ、いや、とだけ答えると、案の定そっちへ行くと言い出す。ベッドが乱れたままだし、颯太郎の手首には跡が付いている。見られると厄介なものばかりで、颯太郎は断固拒否した。
『一人暮らしだと何かと不安だろ? 食料も持っていくから、場所教えて』
「いや、……本当に大丈夫だから……」
そこまでしなくてもいい、と颯太郎は言うと、陣は短くため息をつく。
『お前、意地張るのもいい加減にしろよ』
その声色に颯太郎は肩を震わせた。いつもニコニコしている陣からは想像できない声で、颯太郎は変な動悸がして胸の辺りのシャツを掴む。
『分かった。早く場所教えろ』
颯太郎はその剣幕に押され、渋々場所を教えた。通話を切ると、重い身体を起こしシーツを剥いで洗濯機に入れ、シャツもタートルネックの肌が極力出ないものに替える。
するとそう待たないうちに、陣がアパートに来た。部屋に入るなり買ってきたらしい食材を冷蔵庫に入れようとして、声を上げる。
「なんだよこれ、カステラの切れ端と牛乳しかないじゃん」
自炊しないのかよ、と睨まれて颯太郎は顔ごと逸らした。小さい頃からのクセで、激安商品や見切り品ばかり買うので、どうしても食べるものが偏ってしまうのだ。食にこだわりがないのでなおさら、毎日うどんでも嫌にならない。
「……お得だったからつい買っただけだ……」
言い訳がましくボソボソと言うと、お前アレか、と陣は呆れた声で言う。
「安さ重視で栄養度外視だろ」
それでも陣の感情に黒は無く、それどころか白が混ざっている。本当に心配してくれてるんだな、と思うと居心地が悪くなった。何故なら、純粋に颯太郎を心配してくれる人に、初めて出会ったからだ。
何も言わない颯太郎を見て肯定と受け取ったのか、陣は台所ちょっと借りるぞ、と言って何かを作っていた。一応、簡単な料理を作れる器具は揃えてあるものの、見切り品のお弁当などを買ってきてしまうため出番は無い。
「ほい。男の料理だけど、カステラよりマシだ」
そう言って陣が作ったのは、カット野菜を使ったウインナー入りの野菜炒めだ。レンジで温めるだけのご飯も出てきて、颯太郎は呆然とする。
温かいご飯を食べるのは、何年ぶりだろう? しかも自分の為に作ってくれたご飯だ。
ローテーブルに座った颯太郎は、ニコニコとペットボトルのお茶を持ってきた陣を見る。
「これ……俺が食べていいの?」
「何言ってんだよ、颯太郎のだよ」
颯太郎はもう一度野菜炒めを見る。湯気が立っていて、今まで見たどの料理よりも美味しそうに見えた。
「……」
そっと手を合わせて、箸で野菜炒めを掴む。キャベツと人参が取れた。
それをそっと口に運ぶ。優しく沁みた塩味が、颯太郎の目頭を熱くさせた。
(こんな……こんな事で泣きそうになるなんて)
恥ずかしい。けれど耐えられなくなって箸を置いて俯いた。
隣に座った陣は何も言わずに颯太郎を見守っている。それが心を温かくさせて、ついに涙腺が崩壊した。
「美味いか?」
静かに尋ねる陣の声は甘い。
「……うん、すごく」
颯太郎は袖で涙を拭って、残りの野菜炒めとご飯を勢いよくかき込んだ。
本当は、味もそんなに大したものではなかったかもしれない。けれど颯太郎には、世界一の野菜炒めだと思った。こんなに美味しい料理は、後にも先にもこれだけだと、颯太郎は食べ終えるとホッとひと息ついたのだった。
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